2025.Apr.16
REPORTSセミナーシリーズ「Cross-Cultural Approaches to Desirable AI」報告
呉先珍(B’AI Global Forum 特任助教)
・開催期間:2024年10月9日から2025年1月22日まで
・形式:Zoomウェビナー
・言語:英語
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セミナーシリーズ「Cross-Cultural Approaches to Desirable AI」が、2024年10月から2025年1月まで全10回にわたって開催された。本セミナーシリーズは、東京大学B’AIグローバル・フォーラム、ヨーロッパ応用科学大学、ボン大学Center for Science and Thought、ケンブリッジ大学Center for the Future of Intelligenceが共同で企画した取り組みである。ドイツ、イギリス、日本の著名な教育・研究機関が連携し、オンライン形式のセミナーを開催することで、世界中の研究者が地理的制約を超えて議論に参加できる環境を整え、学部生・大学院生含め、のべ600名ほどが参加した。一回性のイベントではなく、シリーズ全体を通して対話を継続することで、専門家から市民への一方的な発信に終わることなく、多様な文化的背景や視点を持つ人々が共通言語を形成し、AIの倫理的・社会的課題に関する包括的な理解を深めた。
内容面では、特にインターセクショナリティを考慮したフェミニズムや反人種主義の視点から、AIと社会正義に関する研究やAI倫理を比較文化的かつ学際的な視点から議論した。そうすることで、単なる最適化を目指すのでなく、社会正義や持続可能性を考慮したものとなるよう、多様な価値観を尊重するAIの設計を模索した。取り上げられたテーマは、先住民のAI倫理、障害学と健康正義、データとアルゴリズム、AIガバナンス、デジタル不死など、AIとクリエイティブ産業、AIと身体・美学など、多岐にわたる。以下では、本セミナーシリーズ全体を振り返り、その意義について、1)技術開発に直結する実践的な課題の解決、2)グローバルな対話・協力の促進3)人文知との接続4)社会各領域に共通するナラティブの構築、4つの項目にわけて述べる。
1) 技術開発に直結する実践的な課題の解決
AIの社会的影響を検討する際には、技術的な課題に留まらず、歴史的・文化的背景や社会正義の観点を取り入れることが不可欠である。本セミナーシリーズでは、Indigenous AI やFeminist AI領域において構想されてきたオルタナティブなAI倫理とそれに基づくオルタナティブな技術の開発事例についての豊富なケーススタディーを学部・大学院の学生や非専門家が集う公共的議論の対象として開示し、技術開発の可能性をもっぱら専門家の裁量に委ねるのでなく、オルタナティブな技術形成への市民的参加を促している。こうした非専門家の発言権の確保は、技術開発における文化的偏向やバイアスの問題に対峙するうえで、決定的に重要な役割を果たすと思われる。また、障害学やニューロ―ダイバーシティの視点と身体機能の拡張をめぐって飛躍的に発展している最新のAI技術の間の対話を促し、実際の技術の設計がどのように包括性を向上させるべきかを検討する実践的なブレークスルーにもつながっている。
2) グローバルな対話・協力の促進
本シリーズには、世界中の研究者や専門家が参加し、AIの倫理的課題に関する国際的な対話を進めた。たとえば、技術開発の拠点となっているグローバル・ノースの特定の国々を中心になされてきたAIに関する議論に対して、2024年度のセミナーシリーズでは、ガーナ大学やフォート・ヘア大学など、アフリカ大陸に拠点をもつ研究者らが発表を行い、個々の地域に根差した技術の多様なあり方を紹介した。これを引き継ぐ形で2025年度シリーズでは、カタール・ドーハを拠点とする研究者グループによるセッションを組む予定である。
3) 人文知との接続
AIの発展に伴い、技術と人文社会科学の協働が求められている。これに対して、本セミナーシリーズでは工学・技術分野の研究者が倫理的課題に取り組むことを促し、また人文社会科学の専門家がAIの技術的側面を理解する機会を提供することで、学際的な交流を促進した。たとえば、アートとデザイン、建築などの領域でAI技術がもたらしている変化に対して、それを所有概念や創作者が作品等に込める思い、創作物と人間の相互作用などをめぐる様々な哲学的省察に照らして評価し、技術のあり方を根本から問い直す視点を導きだした。
4) 社会各領域に共通するナラティブの構築
AIをめぐる言説は、往々にしてディストピア的恐怖(監視社会、労働の自動化による格差拡大など)とユートピア的楽観(人類の発展を促進する万能技術)という二極化したナラティブに支配されている。対して、本セミナーシリーズではこうした二元論を超え、より現実的で包括的なAIの未来像を構築するための議論に舵を切り、AIとデジタル死後産業(DAI)など、新たな倫理的課題についての議論も積極的に取り入れた。