2022.Feb.24
REPORTS第2回AI・人工知能EXPO【秋】視察報告
佐野 敦子・金 佳榮(B’AIグローバル・フォーラム特任研究員)
・日時:2021年10月29日(金)
・場所:幕張メッセ(千葉県)「第2回 AI・人工知能EXPO【秋】」
・視察者: 佐野敦子、金佳榮
B’AIグローバル・フォーラムは、ジェンダー平等社会とマイノリティの権利保障という社会⽬標のために、AIやその他のデジタル技術の開発研究に携わっている。ジェンダー視点をもってマイノリティに不利益になる要素が存在していないか、いいかえれば男性が優位な経済活動や男性の割合が多いICTの技術開発分野を中心にAIの導入が進む裏で、弱者にデメリットがもたらされる要素はないか、それを防ぐためになにをすべきか、常日頃からデジタル社会の進展を批判的にみていることが多い。
だがその一方で、マイノリティにとって有益に活用されているAIもある。そのようなAIの活用は、男性優位なビジネスという現場では具体的にいかなる取組があるのだろうか。2021年10月29日(金)B’AIグローバル・フォーラム有志で幕張メッセで開催された「第2回 AI・人工知能EXPO【秋】」(以下、AI EXPOと称す)を訪問した。AI EXPOで情報を得た活用事例とともに、B’AIグローバル・フォーラムで普段から議論している点に絡めて記述する。
1.積極的なAI活用事例
同展示会は年に2回実施され、ビジネス現場や最新の研究所でのAI活用の具体例を直に知ることができる。研究開発や製品をアピールして、ネットワークの形成や起業のチャンスを得ることも期待できるため、大学や学生の出展も複数みられた。
ここでは、人工知能の研究機関による最先端の研究開発を紹介する講演等から得られた、B’AIグローバル・フォーラムが注視するマイノリティへの対応を視野にいれたAIの事例を以下に紹介する。
(1)児童虐待の検知
児童相談所による虐待対応を人工知能(AI)により支援する児童虐待対応支援システムである。三重県と協働し、三重県の各児童相談所で2013年~2018年の6年間に対応した約6,000件の児童虐待対応データの分析と、それらを活用するプラットフォームが開発されている。
<参照>(国立研究開発法人産業技術総合研究所:AIを活用した児童虐待対応支援システムを開発)
(2)介護が必要な高齢者との対話システム
ビッグデータを用いた音声対話システムで、犬のぬいぐるみ型をしたロボットが高齢者と対話をして、健康状態をチェックする。音声だけでなく、高齢者の表情やジェスチャーを使っての対話も可能で、例えば、表情が曇ったことをAIが感知して「急にこんな質問をしてごめんなさい」という切り返しをする。
少子高齢化による要介護者の増加によりケアマネジャーの人材不足が懸念される中、ケアマネジャーの代わりに健康状態や生活習慣をチェックすることを目的に開発されたそうである。また、高齢者の健康維持にはコミュニケーションが重要であるが、コロナ禍により対面の機会が減っており、その課題への対応も期待されている。
<参照>(日本経済新聞社の記事による音声対話システム“MICSUS”(ミクサス)の紹介:「AIに言葉の意味はわかるか 進化する自然言語処理」日経サイエンス、2020年12月26日)
(3)防災チャットボット
スマホ等で動作するチャットボットで、災害時の防災情報の収集やデマ情報の対策、救援活動の効率化が企図されている。LINE、ウェザーニューズ等と連携し、多数の被災者と自動的に対話をする。また災害時にはデマが流れて情報が混乱することもあるが、このシステムは偽情報の拡散を防ぐ機能も担う。例えば、土砂崩れなどの情報が入ったときには被災者にその情報が本当かを聞き返して再確認することで、情報の正確性を担保する。
<参照>(国立研究開発法人情報通信研究機構「防災チャットボット(SOCDAソクダ)」)
その他にも、直接的なAIの活用ではないが、関連する様々なサービスの展示があった。そのなかで、AI社会への移行を女性のエンパワメントにつなげる出展があったので紹介する。
(4)AI教師データ作成業務のアウトソーシングサービス
AIに用いられるディープラーニングや機械学習はビッグデータを活用するが、大量のデータ処理にかかる時間やPCへの負荷をいかに減らすかが課題でもある。そのため最近は良質な少ないデータを用いて、ディープラーニングで(できるだけ正確な)予測をしつつ、処理速度を早くする試みがなされている。この良質なデータ(教師データ)の作成を、女性を中心にした在宅ワーカーのネットワークを生かして請け負うサービスの出展があった。このサービスを提供する会社は「女性のキャリアと社会をつなぐ」を経営理念とし、ライフイベントを機に離職した女性たちの再就業や起業といった新しい働き方を推進しており、このほかにも様々な事業を展開している。
<参照>(キャリアマム「AI教師データ作成業務アウトソーシング」)
2.課題や懸念
続いて、B’AIグローバル・フォーラム内での議論にもよく登場する(1)AIに関する倫理、(2)効率化の影響、(3)多様性の尊重の3つのテーマに絡めて、展示会で得た知見をもとに記述する。
(1)AIに関する倫理について
近年急速にデジタル化やAIの開発・導入が進むなか、AIの開発や利用に関わる倫理的な枠組みが世界中で議論されてきた。日本においては内閣府が「人間中心のAI社会原則」を公表している。そのような潮流を受けて、実際の開発現場はどのように動いているのだろうか。
革新知能統合研究センター (AIP)のセンター長の杉山将教授からは組織内の人材の多様化に留意するとともにディープラーニングがなぜ機能するかわからないため、数学的に説明可能にする基礎研究を行っているとの報告があった。脳情報科学の研究を進める脳情報通信融合研究センター(CiNet: Center for Information and Neural Networks)からは、侵襲的および非侵襲的な方法で行う脳への刺激や記録の研究について共有された(https://cinet.jp/japanese/research/overview.html)が、ヒトゲノムに匹敵する倫理課題があるとの言及もあった。一方で、展示スペースでは、イスラエル発の企業による脳波測定とAIを組み合わせたサービスが注目を集めていた。
(2)効率化のツールとしてのAI
デジタル化やAIの導入が進むにつれ、女性の失業が起きるといわれている(クラウス・シュワブ著・世界経済フォーラム訳『第四次産業革命―ダボス会議が予測する未来』日本経済新聞出版、2016、63-65頁)。女性の割合が多い業務がAIにとって代わられるためである。国際通貨基金の調査によると、日本はAIによる失職リスクの男女差がOECDの30カ国の調査対象国のなかで世界最大で、女性は男性の3.4倍の12%に達することが明らかになった。女性が事務職等定型的な業務に就く割合が高い国はリスクの男女差が拡大する傾向が強いと指摘している(「AI化で失職リスク―日本の女性、男性の3倍」『日本経済新聞』朝刊、2019年9月30日付)。これからどのような職業に需要があるかという仕事の将来像(The Future of Work)をふまえてのIT人材へのリスキリング(学び直し)も議論されている(参照:デジタル時代の人材政策に関する検討会)。
このような労働現場の効率化が進む裏に潜むリスクに対して、企業ではどのように考えて対応を進めているのであろうか。
AI EXPOで行われた東京大学の松尾豊教授の講演「『DL for DX』DX時代のAI(DL)活用最前線」は、AI時代の企業の方向性を示唆するような内容であった。松尾教授は、日本は20年前のグローバルの後追いをしている状況で出遅れている、これまで企業は新製品を出して元本を増やして利益を増やしていたが、DXの本質は開発サイクルの回転率をあげて利益を増やしていくことであり、業界全体の動きを早くするように産業を変えていくことが大事という。具体的にはPDCAを速く回せるように、いいかえれば失敗も早くして、そこから知見を得て、さらに加速をする、仮説を立ててとりあえずやってみる、それを繰り返してさらにサイクルを速くしていくことができるように組織風土を変えていくべきとのことである。それには失敗を許容できるようなオープンマインドで、多様性があり、フラットな組織体制にという考え方に、あわせて、ターボとなって回転率をあげるような人材育成も必要という。
AIによってこれまでの経営の考え方が根本的に変わるという印象を受けた。だが、効率化を主な目的にしたAIの開発が進むだけでなくその回転率があがるなら、女性の失業に対しての対応はそのスピードに追い付くのだろうか、と懸念が残った。
(3)多様性の尊重
AIの倫理を議論する上では、多様性が重要なキーワードのひとつである。ジェンダーについては日本での第5次男女共同参画基本計画や第6期科学技術・イノベーション基本計画で、研究開発プロセスの多様性向上の観点から⼥性研究者の割合増大が目標となっている。
AI EXPOで聴講した講演のなかでも外国人と女性の割合に言及があったことから、開発現場での多様性は意識されている印象を受けた。だが、開発者が抱く女性に対するアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)がシステムに強く反映されていないかと懸念を抱く場面もあった。例えば、AIによる英語会話学習のシステムでは、揺れるイヤリングをつけた女性キャラクターのイラストが使用されていた。
このような女性の描写は、AIを用いた対話がセクハラではないかと非難された高輪ゲートウェイ駅の一件を思い起させる。女性駅員のAIキャラクターに髪を触るしぐさを加えていた事例である。展示会の参加者も男性が多数であり、AIのビジネスは男性主導のマーケットである印象も受けた。
3.ふりかえって
AIをめぐる倫理の尊重や開発現場での多様性の向上は国際的な議論や政策レベルでは重視されている。だが、AI EXPOをみる限りでは、それらはビジネスや研究現場でそれほど意識されないまま、AIの活用や導入がすすんでいる感がある。このような状況で、PDCAの回転率を速くして利益を増やすことを目指すと、多様な視点が入らないままに開発が進み、少数の開発者のアンコンシャスバイアス等が強化されることで、マイノリティへの悪影響がより出ることにならないだろうか。
だが、会場にいた方と個別に話をすると倫理の尊重や多様性の推進の重要性に気づいている人もいた。開発現場のアンコンシャスバイアスは根深そうであるが、グローバル化に乗り遅れないための組織・体制の変革に、ジェンダーを含めた多様性向上をより意識して組み合わせれば、ビジネスにとってもマイノリティにとってもWin-WinなAI社会への道が開けそうな気がした。