REPORTS

Dr. Jeanette Hofmann講演会
「学習する機械のレンズを通じて民主主義を想像する」報告

武内今日子(B’AIグローバル・フォーラム 特任助教)

・日時:2023年10月20日(金)16:30-18:00(日本時間)
・場所:東京大学浅野キャンパス理学部3号館327
・使用言語:英語
・講演者:Dr. Jeanette Hofmann(Professor, Institute for Media and Communication Studies, Freie Universität Berlin; Research Director, Alexander von Humboldt Institute for Internet and Society)
・モデレーター:板津木綿子(東京大学大学院情報学環 教授)

 

2023年10月20日、B’AIグローバル・フォーラムでは、ベルリン自由大学教授のJeanette Hofmann氏をお招きして「学習する機械のレンズを通じて民主主義を想像する」と題した講演会が開催された。

AIと民主主義の関係については、AIが人間に代わって判断を下すことで、民主主義的な選挙や自由市場が無意味になるのではないかと主張されることがある。しかしHofmann氏は、こうしたAIと民主主義を単に対立的に捉えようとする考え方に異を唱える。Hofmann氏が本講演で論じたのは、AIと機械学習が、民主主義に対する見方や理解をどのように新たな形に拓く可能性があるかということである。

まずHofmann氏は、啓蒙主義のヨーロッパにおいて、「時計仕掛けの国家」が秩序、予測可能性、ヒエラルキーを表す有力なメタファーとなったことを説明した。このような機械的な世界観が優勢だったが、現在は複雑性、フィードバック・ループ、予測不可能性に基づくサイバネティック・パラダイムと言いうる世界観が現れている。すなわち、AがBを引き起こすという因果関係の機械的な想定とは異なる、システムのアウトプットが次のインプットを生むといった、より複雑なフィードバックが日常生活を含め社会においてひろく生じているのだ。

そのうえでHofmann氏は、アルゴリズムやデータのようなAIとその基礎となる技術がサイバネティクスを推し進め、現在の制度を批判しつつ民主的改革を鼓舞するような新たな政治的想像力を形成する可能性を示唆した。例えば、シリコンバレーの思想家の中には、代表制に基づく民主主義を老朽化したテクノロジーとして描き、パーソナライズされたAIの議員で代弁することを提案する人もいる。また、市民権や国境管理の分野で、アルゴリズムがすでに様々なデータからフィードバック・ループを生み出していることについても指摘された。全体として、Hofmann氏はAIが機械学習に沿った新たなメタファーや期待を通じて、私たちが民主主義を経験し、概念化する仕方を変えてゆく可能性を提起したと言える。

全体議論では、「時計仕掛けの国家」とフィードバック・ループという二つのパラダイムが緊張をはらみつつ共存している仕方や、こうしたパラダイムが国によって異なる展開をみせる可能性が議論された。また、フィードバック・ループが新たな権力性や中心性を生み出しうることや、小さいコミュニティの意見を反映しにくいこと、デジタル化をおこなう作業が貧しい国の人々の労働に依存しうることなどの懸念も示された。とはいえHofmann氏の議論は、単に既存の民主主義を批判するのではなく、AIを活用して民主主義を脱規範化していこうとするオルタナティブを示し、新たな可能性を切り拓いた点で極めて意義深いものだった。