REPORTS

2022年度第4回BAIRAL研究会
「『テクノロジーと社会の関係』から考える、文化資源の教育現場へのストック&フロー化」報告

大月希望(B’AIリサーチ・アシスタント)

・日時:2022年7月19日(火)17:00-18:30
・場所:Zoomミーティング
・言語:日本語
・ゲストスピーカー:大井将生(東京大学大学院学際情報学府/TRC-ADEAC 特任研究員)
・モデレーター:大月希望(B’AIリサーチ・アシスタント)
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2022年7月19日(火)、B’AIグローバル・フォーラムのリサーチ・アシスタントが主催する研究会「BAIRAL」の2022年度第4回がオンラインで開催された。今回は、東京大学大学院学際情報学府博士課程・TRC-ADEAC 特任研究員の大井将生さんをお招きし、「『テクノロジーと社会の関係』から考える、文化資源の教育現場へのストック&フロー化」というテーマでお話しいただいた。

デジタルトランスフォーメーションの進展に伴い様々な資料が人々の元に届くようになりつつある。その中で博物館、図書館、文書館などと教育現場を接続して資料を活用することの重要性が指摘されているが、資料を単に保存するだけでなく、ストックされているものをフロー化してコミュニケーションを創発することが求められている。デジタルアーカイブ社会の実現が国の方針として掲げられており、大井さんは特にデジタルアーカイブの教育活用に着目し、学校現場と連携した実践的研究を行っている。

発表では、まず大井さんが提案する「キュレーション学習(Curation Learning)」を取り上げた。キュレーション学習とは、児童生徒自らが問いを立て、そこに接続する多様な資料を自ら収集し、クラスメイトら他者と共に考察をすることを通じて新しい知や問いを生み出す学習である。この手法を実現するために、一次資料を包括的に検索可能なデジタルアーカイブと、共同的な議論や問いの構造化を促進する機能をデザインし、学校教育の中で実践している。デジタルアーカイブはジャパンサーチを活用し、資料収集や編集を共同作業として行うことができるワークスペース機能をジャパンサーチの開発者と協力して構築した。また、キュレーション学習を重ねていくことで、学習内容と資料が紐付いた状態で蓄積されていき、それ自体も一つのアーカイブとして残るようになっている。これらの機能を用いた実践の様子についても紹介された。

さらに、単発のキュレーション学習だけでなくより広い単元で児童生徒の問いの創発を促進し、資料と学習カリキュラムをつなぐ仕組みを作るため、学校関係者と博物館、図書館、文書館などのコンテンツホルダーが協力する体制を作る実践を「S×UKILAM(スキラム)連携」と名付けて行っている。S×UKILAM連携では、教材を共同で作るワークショップを通じて、海外で行われている教材開発コンペティションのように、日本でも多様な資料を教育で活用することに教員以外の人々も当事者として参画することを提案している。こちらについても複数の自治体での実践の例が紹介された。

最後に、学習指導要領のRDF、LOD化による異なる知識体系の接続については、機械可読性の高い方法での接続が可能である。現在開発しているNHK for Schoolの動画やジャパンサーチのデータと学習指導要領を接続して、他のデジタルアーカイブ資料や児童生徒のキュレーション事例とつながりを持たせた形で活用する可能性が示された。

ディスカッションでは、デジタル空間での学びやデジタルアーカイブ上の資料を活用した学びと実空間で教員や専門家と対面しての学び、実物の資料を通じた学びを往還することの必要性、資料のコンテクストやマテリアリティを伝えるコミュニケーションの重要性、キュレーション学習における評価手法などについて活発に意見が交わされた。また、デジタル・ディバイドへの懸念についても指摘されたが、大井さんは、個々の差は当然あるため対応は必要としたうえで、実践の中では共同作業(グループワーク)を通じての学びあいによって互いに苦手を補完しあっていくことが認められたとし、資料の活用だけではない効果もあったことが述べられた。

デジタルアーカイブ上の多様な資料を活用して児童生徒の様々な視点からの問いを促進する大井さんの実践は、ステークホルダー、コンテンツホルダーや技術を巻き込みながら、今後さらなる発展が期待される。学芸員や司書、アーキビストといった職業的専門家だけでなく、地域資料の保存に携わる市民やコミュニティ・アーカイブの担い手など、幅広いコンテンツホルダーが参加することによって、より一層児童生徒の多様な学びの可能性が広がっていくと考えられる。