REPORTS

第25回 B’AI Book Club 報告
パフォーマンス、文化、および批判的AIの交差点を多角的な視点から探る3本の論文

プリヤ ム(東京大学大学院学際情報学府 アジア情報社会コース 博士課程)

・日時: 2023年12月19日(火)13:00-14:30
・場所: ハイブリッド(B ’AIオフィス&Zoomミーティング)
・言語: 英語
・評者: Dr. カレン・シマカワ (ニューヨーク大学ティッシュ・スクール芸術学部准教授(パフォーマンス研究)および副学部長、ニューヨーク大学法学部教員)
・論文:
Main:
Caroline E. Schuster and Kristen M. Schuster (2023) Thick Description for Critical AI: Generating Data Capitalism and Provocations for a Multisensory Approach. Critical AI, 1 (1-2), 1 October 2023.
Additional:
Lewis, Jason Edward, ed. 2020. Indigenous Protocol and Artificial Intelligence Position Paper. Honolulu, Hawaiʻi: The Initiative for Indigenous Futures and the Canadian Institute for Advanced Research (CIFAR).
Kimmerer, R. (2013). Braiding sweetgrass: Indigenous wisdom, scientific knowledge and the teachings of plants. Milkweed Editions.

2023年12月19日、B’AI Global Forumのプロジェクトメンバーとその関係者が参加する書評会「B’AI Book Club」の第25回が開催された。

ニューヨーク大学ティッシュ・スクール芸術学部准教授のカレン・シマカワ氏が書評を担当したこのセッションでは、デューク大学出版局のオンラインジャーナル『Critical AI』の創刊号に収められているCaroline E. SchusterとKristen M. Schusterの論文、「Thick Description for Critical AI」に焦点が当てられた。また、補足資料としてJason Edward Lewis編「Indigenous Protocol and Artificial Intelligence Position Paper」とRobin Wall Kimmerer著『Braiding sweetgrass』が紹介され、AIと技術をめぐる議論の幅がさらに広がったほか、この分野における支配的なパラダイムに挑戦するオルタナティブな視点や方法論が提示された。これらは、技術開発と批評に多様な世界観や倫理的配慮を統合することの重要性を強調するものであった。

Schuster & Schusterの論文は、後期資本主義下における市場分析の変容を検証することから始まる。この論文は、経済分析の対象が伝統的にどのように考えられてきたかを再考する必要性を強調し、AI分析において、単に定量的な側面に焦点を当てるのではなく、よりニュアンスに富み、文化を意識したアプローチへと転換することを提案する。この視点は、アイデンティティと権力構造を形成するうえで技術が果たす役割を理解するために極めて重要である。

議論の中心となった概念の一つは、AI研究における「厚い記述(thick description)」の適用である。Clifford Geertzが提唱し、Gilbert Ryleがさらに発展させた「厚い記述」は、社会現象を理解する上で、詳細で文脈に富んだ分析の重要性を強調する。このアプローチは、痙攣のような単純な記述と、ウインクのようなよりニュアンスに富んだ解釈を対比させる。著者たちは、これをAIに応用することを提案し、”人類学的AI “と呼んでいる。これは、AI技術を生み出す文化、またAI技術によって形成される文化を研究することを含んでいる。彼らはこの方法によって、AIの複雑さや文化的影響を明らかにすることができ、さらにはエラーのない客観的なツールというAIに関する認識を覆すことができると主張する。 

著者たちは、ロシアのウクライナ侵攻による世界的な食糧不足の予測に関する『エコノミスト』誌のレポートに対してSarah Taberが行った批判をケーススタディとして使い、彼らのアプローチを実証している。作物科学者でありコンサルタントでもあるTaberは、中国の農業生産高を計算から除外したGro Intelligence社の驚くべき統計の妥当性に疑問を呈した。Taberの調査は、1万ドルのペイウォールに阻まれたが、Gro Intelligence社の予測の裏にある商業的動機を明らかにし、人道的配慮と利益追求型マーケティングの間にある境界線が曖昧になっていることを示した。

さらに、本稿ではもう2つのケーススタディを紹介している。1つ目は、2017年にパラグアイのアスンシオンで開催されたフィンテックのネットワーキングイベントに関するもので、参加者の関わりに影響を与える文化的ダイナミクスや歴史的側面について議論している。2つ目は、クリストファー・コロンブスの日記に関する授業の演習で、植民地時代の歴史の文脈における深い意味や視点を明らかにするための、さまざまなマークアップ(文書やデータに特定の記号やタグをつけてその部分の意味を明示する作業)戦略の可能性を強調している。 

また、先住民の価値観と倫理的配慮に基づいた技術開発を提唱する「先住民AIプロトコル(Indigenous AI protocols)」についても議論した。これらのプロトコルは、従来の市場中心のアプローチに異議を唱え、長期的な倫理的意味合いと文化的感受性を強調するものである。

全体として、今回の書評会では、技術を理解し形成する上で、学際的な対話と多様な視点が重要であることが確認された。また、AIと技術における既存の枠組みや方法論に挑戦する必要性や、より倫理的で、包摂的で、応答的な技術システムを創造することの価値が強調された。書評会は、技術開発にオルタナティブな論理や視点を統合することの課題と可能性を確認し、より包括的で文化的に豊かなアプローチの必要性を強調することで締めくくられた。