REPORTS

第22回 B’AI Book Club 報告
Susan L. Mizruchi eds. (2020) Libraries and Archives in the Digital Age. Switzerland: Springer Cham.

大月希望(B’AIリサーチ・アシスタント)

・日時:2023年9月26日(火)13:00-14:30(JST)
・場所:ハイブリッド(B'AI オフィス&Zoomミーティング)
・使用言語:日本語
・書籍:Susan L. Mizruchi eds. (2020) Libraries and Archives in the Digital Age, Switzerland: Springer Cham.
・評者:大月希望(B’AIリサーチ・アシスタント)

2023年9月26日、B’AI Global Forumのプロジェクトメンバーと関係者が参加する書評会「B’AI Book Club」の第22回がハイブリッドで開催された。今回の書評会では、B’AIリサーチ・アシスタントの大月希望が、書籍『Libraries and Archives in the Digital Age』(2020)を紹介した。

本書は、現代における人文学、図書館、アーカイブ、デジタル・スカラーシップといったデジタル・ヒューマニティーズにおける中心的な課題を、理論と実践の両方のアプローチから問い直すことを目的としている。本書の元となった2017年のボストン大学人文科学センター主催のフォーラムには、大学研究者、図書館員やアーキビスト、それらとは背景の異なる様々な機関からの専門家など、世界各地から多様な人々が参加した。

パート1「アクセス」では、デジタル図書館やアーカイブによるアクセス拡大の取り組みが紹介されている。デジタル化によるアクセス拡大は資料をより多くの人々に開放する可能性を持つが、それだけでは不十分であり、大学図書館の知識と市民の間にあるような見えない障壁の解消も必要である。資料をデジタル化してウェブ公開するという従来のオープン化では、図書館やアーカイブへのアクセスが時間と能力のある専門家に実質的に限定されていたのと同様の状況を作り出したことが指摘されている。デジタル化自体が目的ではなく、多様な利用者が実際に活用できる形でのアクセス提供が重要である。また、商業出版社による学術出版の寡占化とオープンアクセスのバランスも課題となっている。

パート2「保存とコミュニティ」では、アーカイブの脱植民地化の事例と、コミュニティ・アーカイブの課題について扱われている。アーカイブの脱植民地化では、帝国主義的解釈から脱却した少数言語研究において、言語学習者、言語学者、コミュニティベースの翻訳チームの協働が効果的に行われたことが示された。コミュニティ・アーカイブに関しては、その多くが資金面・技術面の課題を抱えており、デジタル環境への移行は容易ではない。学術組織等とコミュニティ・アーカイブの相互理解と相互支援的パートナーシップの必要性ついても言及された。

パート3「アーカイブの政治」では、政治的な検閲や抑圧に直面する資料のアーカイビングについて取り上げられている。ハイデルベルク中国学研究所の中国研究デジタルアーカイブ(DACHS)の実践のように、公共圏におけるできる限り幅広い声を収集・記録することは、人文社会科学研究とデジタルの関わりが増している近年において重要な取り組みである。

パート4「デジタル・プラクティス」では、データ駆動型研究において人文社会科学の研究者と協働する際に図書館員が直面する課題、図書館員の知識創出への貢献が組織内で認識されていないという問題、図書館におけるデータサイエンスのワークフローの応用、デジタル時代に適応する図書館員の役割などが述べられている。

ディスカッションでは、コミュニティ・アーカイブにおける場所不足の問題をデジタル化が解決した一方で、日常的活動に加えてデジタル化を行うリソースが不足していることや、コミュニティ・アーカイブの意味合いが国や地域で異なっていることとリソース不足の関係について話題に上がった。また、学術資料のデジタル化については、学術雑誌は出版社主導で進められているのに対し、大学所蔵コレクションは各大学が個別に対応しているのが現状であり、Google Booksのような統合的実践は成功しなかったことが示された。資料のデジタル化自体についても検討がなされ、多くの利点があるが、資料の物質的側面や背景情報が失われる懸念があり、デジタル化と並行して資料のコンテクストを伝える活動も重要であるという指摘があった。加えて、デジタル化の進展度合いには地域差があり、データのアンバランスが生じている可能性も論点となった。AIの学習データには過去の差別的価値観が反映されている可能性があり、将来にわたってアルゴリズムがどのように変容していくのか注視していく必要性が提起された。さらに、デジタル資料に文脈情報を時間情報とともに記録・活用する新たな手法の可能性についても議論が及んだ。

デジタル技術の発展によって学術知識の収集、保存、流通、アクセスのあり方は大きく変容しつつあり、新たな知のインフラを構築していくことが求められている。評者の個人的見解としては、データサイエンスのワークフローを人文社会科学へ応用することについては、単にそのまま適用し最適化していくのではなく、人文社会科学の観点から修正を加えつつ、従来の図書館学や理系の情報科学との往還を繰り返すことが必要と考えている。その際、人文社会科学と情報科学の知見を相互に活用しつつ、倫理的・社会的な課題にも目配りしながら、それぞれの専門家が非専門家と協働しつつデジタル時代に適したアプローチを模索していく必要があるだろう。