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ワークショップ「AIと社会」報告

林 香里(東京大学大学院情報学環教授 B'AI 運営チーム)

2020年9月30日 午前9時より、オンラインで「AIと社会」というテーマで、理研AIP社会グループ主催、東大Beyond AI研究推進機構共催で開催された。
「技術の社会的な有効利用」という近代以降の大問題は、AIがさまざまに普及応用される時代に入り一層注目を浴びている。1960年代にカナダのメディア研究者マーシャル・マクルーハンは、メディアは人間の身体や感覚の延長だと論じた。これに準えれば、AIは人間の頭脳の延長であり、その社会的インパクトは、私たちの想像以上のものかもしれない。いま、AIの「善き」活用という課題を考えることは、科学者・研究者の責任であるとさえ言えよう。理研革新知能統合研究センター(AIP)に「社会における人工知能研究グループ」が置かれ、東京大学Beyond AI研究推進機構にも「B’AIグローバル・フォーラム」が発足したのも、社会のあらゆる局面へAIテクノロジーが浸透していく現実に鑑みて、産官学が一致して、より開かれた、文理融合かつ民主的対話を重視している証である。
今回は第一回キックオフ・ミーティングとして、参加者はそれぞれ、これまで各自が行ってきた研究を紹介した。せっかく開催するのだから公開でいきましょうという杉山将先生(理化学研究所革新知能統合研究センター長・東京大学大学院新領域創成科学研究科教授)の提案により参加者を募ったところ、あっという間に200人以上の申し込みがあった。当日、3時間にわたるワークショップでは常時130人ほどが参加し、このテーマの関心の高さを実感した。
本報告書を書いている林香里も、緊張の中で発表した。同じテーマでも、研究者は分野によって概念定義も言葉遣いも違うことが多く、当初は戸惑いもあった。しかし、どの発表も、比較的わかりやすく、すべての発表に対して参加者からチャットに書き込まれる質問も絶えることなく、全体3時間は、あっという間に過ぎていった。
最終的には、AI技術の発展が社会の発展、あるいは革新とは一直線にはつながらないこと、そしてそのつなぎ方にはさまざまな人間の知恵と知識が必要だということを改めて感じる会となった。
多くの質問を的確に捌き、会を有意義なものにしてくださった杉山先生、そして生まれたばかりのB’AIとの対話を快く引き受けてくださった理研AIPのみなさんに心から感謝する次第である。こうした場を今後も設けて、今後も対話を続けていきたいと願っている。

主催:理研AIP社会グループ
共催:東大Beyond AI 研究推進機構

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プログラム
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9:00-9:05 杉山将(理研/東大)
ワークショップ開催にあたって

9:05-9:25 林香里(東大)
タイトル:「わからない」という声
概要:2010年、私は11カ国(オーストラリア、カナダ、コロンビア、ギリシャ、韓国、ノルウェー、インド、イタリア、日本、英国、米国)が参加した国際メディア比較調査に参加しました。これは、各国のメディアのシステムと各国の人々の政治知識の相関関係を考えるプロジェクトでした。このプロジェクトの一つの発見は、経済発展の度合いには関係なく、11カ国すべてにおいて、女性の政治知識が男性よりも下回っていたことです。教育背景や社会階層などの変数を調整しても、女性という変数で知識が低いという差が残ります。さらに、すべての国において、女性のほうが「わからない」と答える割合が高いこともわかりました。
実は、この問題は、過去約20年ほど前から、世界各地で報告されていて、さまざまな観点から分析がなされていますが、データ上では決定的な根拠は示されないままです。今回のみなさまとの討議では、この結果をもとに「ある事実を知っている」という状態は何を意味するのかを考え、「事実」と「知識」の距離を考えたいと思います。フランスの社会学者P・ブルデューは、世論調査でもっとも着目すべきなのは「わからない」と答えた人たちについて、その理由と背景だと述べています。女性の政治知識の低さは何を意味するのかについて、社会学的考察を加えます。
以上の議論は、現代話題になっている「フェイクニュース」という問題、そして、近代の所産である「ジャーナリズム」という営為のあり方、そして広くは、近代科学や教育の考え方にも示唆を与えるものだと思っています。

9:25-9:45 中川裕志(理研)
タイトル:AI倫理とパーソナルAIエージェント
概要:最近のAI倫理の傾向と分析を紹介する。特にEUと米国のは対照的であることに言及する。次に、AI倫理の重要項目である個人データの利活用において、AI技術を応用し、個人を代理するパーソナルAIエージェントの概念設計と応用、とりわけ自分自身で管理できない妊娠中、幼児、さらに高齢者、認知症、そして死後において個人データを管理、運用、活用するための問題点について展望する。

9:45-10:05 板津木綿子(東大)
タイトル:AI時代到来による余暇活動と余暇言説の変化について
概要:AIによって余暇がどのように変化しうるか。人は何を求めて余暇時間を過ごすのかということを大きな歴史観の中で考えたときに、AI時代の到来がどのように労働形態に影響を及ぼし、余暇のもつ意味に変化を与えるのか。その言説はどのように変化するのか。その言説の変化を牽引するのはどんなステークホルダーか。またAIによる余暇活動自体の変化やその変化の意義について考えたい。

10:05-10:25 橋田浩一(東大/理研)
タイトル:個人をエンパワーする技術
概要:分散型(パーソナルデータの管理者が本人だけ)のPDS (personal data store)である
PLR (personal life repository)およびPLRと連携するパーソナルAIエージェント等のアプリ
によって個人をエンパワーすることにより、社会的相互作用の価値を高めることができると
考えられる。 医療や教育などの個人向けサービスの事例を紹介し、またグラフ型文書に
より知的共同作業の生産性が高まることを示す実験について触れる。

10:25-10:35 休憩

10:35-10:55 矢口祐人(東大)
タイトル:AI翻訳・通訳と異文化間教育・国際交流
概要:英語を中心にした機械翻訳の精度が高くなっていると言われています。Google translateの英和・和英翻訳はかなり「上手」になりました。このようななか、日本における英語教育の未来はどこに向かうのでしょうか。
また、国際交流の現場では、将来は英語など話さなくても良くなるという声を耳にします。日本語を解さない留学生がきても、英語で教える必要などなく、AIがリアルタイムで全て通訳してくれる時代がそう遠くないうちに到来するとも聞きます。
英語教育と国際交流に関わって来た教員としてはどちらも非常に気になるところです。例えば東大生の英語力は世界の一流諸大学のそれと比べて、高いとは言えません。また東大は英語で提供されている授業数が学部では非常に少ないのが現状です。これらの壁をどのように乗り越えるのかを考えてきたのですが、AIが思いもつかなかい方法で解決してしまうのでしょうか。AIに関わる先生方の率直なご意見を伺えれば幸いです。

10:55-11:15 佐久間淳(筑波大/理研)
タイトル:信頼されるAIの達成にむけて
概要:AIが社会に深く浸透するにつれ、AIによる意思決定が人間にとって重大な意思決定を行う局面が増加すると考えられる。トークではAIが直面するセキュリティー・プライバシー・公平性・説明性・真正性など、AIの信頼性を損ないうる脅威をいくつか導入し、それを克服するための技術的方法論について議論する。

11:15-11:35 荒井ひろみ(理研)
タイトル:AIの脅威の整理と対応策
概要:近年AIは採用,自動運転,情報プラットフォームなど社会の様々な場面へ普及し,その脅威に対する懸念が高まっている.本講演ではその脅威に対し実際の事例を参照しながら,AIの説明や情報プラットフォーム上のヘイトスピーチなどの有害情報についての課題や解決方法を議論する.

11:35-12:00 発表者全員
総合討論