REPORTS

第9回 B’AI Book Club 報告
Karen Lumsden, Emily Harmer, Online Othering: Exploring Digital Violence and Discrimination on the Web (2019)

佐野敦子 (B’AIグローバル・フォーラム特任研究員)

・日時・場所:2022年3月22日(火)17:30-19:00 (JST) @ Zoomミーティング
・書籍:Karen Lumsden, Emily Harmer (2019). Online Othering: Exploring Digital Violence and Discrimination on the Web. Cham, Switzerland: Palgrave Macmillan.
・使用言語: 日本語
・評者: 佐野敦子

2022年3月22日、B’AI Global Forumのプロジェクトメンバーとその関係者が参加する書評会「B’AI Book Club」の第9回がオンラインで開催された。今回は、B’AI特任研究員の佐野敦子が、Karen Lumsden・Emily Harmer氏によるアンソロジーである『Online Othering: Exploring Digital Violence and Discrimination on the Web』(Palgrave Macmillan, 2019)を紹介した。本書は、ヘーゲルやボーヴォワールが提示した「他者化(Othering)」の概念を用いて、ネット上で起こる差別や虐待などの誹謗中傷に言及することを試みたものである。

本書籍は、1日間だけ開かれたワークショップから発想を得た16章からなる著作集である。オンライン上で起きる、もしくはリアルな社会で起きている差別や攻撃がオンラインにも波及しているさまざまなケーススタディについて、多様な角度から描かれている。執筆者の経歴も、研究者のみならず被害者支援を行う団体の実践者や警察等犯罪に実際に接する立場にある人など学際的で、テーマも、オルタナ右翼やヘイトスピーチなどの政治的な内容から、障碍者やミソジニーや地域間格差まで幅広く扱われている。

佐野特任研究員による導入のあとは、この書籍の印象について意見を述べ合った。まず、いわゆるサイバー暴力について捉えられがちな内容以上に非常に多面的に語られており、都市と田舎のサイバー暴力の性質の違いや物理的なサイバー空間との関係性が印象深かったという意見があった。日本では悲惨な事件が起きてリベンジポルノの規制が進んだが、この本にあるように警察の側がオンライン上で起きていることを軽く思い込む傾向があるゆえに法整備などが遅れたことは、日本でも共通ではないか、という問いかけがあった。それに対しては、被害者に対するケアは日本ではリアルな社会においても進んでいるとは思えず、オンラインだからということではないのではないか、という意見があった。つまりはオンラインの進展のスピードに法制度の整備がついていけないうちに、ひどくなっているだけではないだろうか、そして、警察からみてみればどの罪で裁かれるかは、オンラインで起きようがリアルで起きようが関係ない気がするということである。

オンラインとリアル社会の「境界」という点についても議論がなされた。特にこの書籍では、親密圏と公共圏との境目がオンライン化によってどのように変わるのか、もしくは影響を受けるのかへの言及がないことが不満でもある。DVについても、内輪のことだからと外から手を出さない両者の線引きが難しい問題にもなっている。オンラインの暴力についても同様にどこまでが犯罪かの判断が難しくなっているはずで、では、その点には言及をしなくてもよいのだろうか、という疑問である。

加えて本書の最後には、海外との研究もこれから視野にいれたいとある。では、日本で「Othering」について語るときに、どのようなテーマが考えられるかについても意見交換がなされた。日本では在日やネット右翼について扱われる可能性が高いが、ミソジニーについてこの書籍のように深く扱えるかわからない。一方、ドイツではユダヤ人迫害が強くでてくるのは必至であろう。つまりは、文化やその社会の背景によってOtheringとして扱うべき内容、扱われる内容もかわってくることが予想される。

最後にこの書籍が編纂された背景について、参加者同士で想像を巡らせた。たった1日間のワークショップからどのようにして書籍が生まれたのであろうか、Online Otheringというキーワードはだれにとって革新的(目新しい)といえ、そしてこのキーワードに絡めていままで注目していた分野以外のどこまでの範囲まで広げてカバーしたことになったのだろうか。一方で、この書籍の大きな軸であると思われる「ポリティカル・エコノミー・インターネット」という頻繁に登場する用語から察すると、どこにでも共通するインターネットの背後にある経済的な文脈から、文化横断的に深められる可能性も考えられる。つまりは、この書籍はケーススタディの集積でありながらも、その根底では、同じゴールに向かっているのではないか。確かに、書籍にはインターネット企業の対応を求めており、経済批判も入っているともとれる。

B’AIグローバル・フォーラムがいつかこのようなワークショップを開く機会があれば、多様な見解や意見を包摂しながら、ひとつのテーマを追求する手法のひとつとしても、本書は有用であろう。