REPORTS

Richard Carter-White氏 & Maartje Roelofsen氏 講演会「体現、延長、(非)抑制――VRを用いた地理学の学習と教育」報告

金 佳榮(B’AIグローバル・フォーラム特任研究員)

・日時:2022年12月6日(火)16:30~18:00(日本時間)
・場所:ハイブリッド(東京大学Beyond AI研究推進機構 本郷拠点 + Zoomミーティング)
・言語:英語
・講演者:
Richard Carter-White氏(マッコーリー大学 社会科学部人文地理学 シニアレクチャラー)
Maartje Roelofsen氏(カタルーニャ・オベルタ大学 経済学・経営学部 ポストドクトラルリサーチャー)
・モデレーター:板津 木綿子(東京大学大学院情報学環教授)
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2022年12月6日、B’AIグローバル・フォーラムでは、マッコーリー大学社会科学部シニアレクチャラーのRichard Carter-White氏とカタルーニャ・オベルタ大学経済学・経営学部ポストドクトラルリサーチャーのMaartje Roelofsen氏をお招きし、「体現、延長、(非)抑制――VRを用いた地理学の学習と教育」と題した講演会を開催した。

近年、さまざまな教育の現場で有用な学習ツールとしてバーチャルリアリティ(VR)が注目を浴びている。地理学者のCarter-White氏とRoelofsen氏は、特に地理学教育の分野でVRがどのような役割を果たし得るか、さらに、地理学の理論が教育のツールとしてのVRにどのような示唆を提供できるかを検討するために、実際の授業にVRフィールドトリップを導入するという小規模なパイロットプロジェクトを実施した。VRフィールドトリップの場所として選ばれたのはポーランド・オシフィエンチムにあるアウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館で、数名の学生にHTC Viveヘッドセットを使用してドイツの放送局が制作した同博物館のVRドキュメンタリーを体験させ、参与観察および参加者インタビューを行うというプロジェクトだった。講演会では、その結果が主に3つのテーマを中心に紹介された。

第一のテーマは「(非)抑制」である。両氏は、参加者へのインタビューから、VRという技術はユーザーを物理的な時間や空間から解放させる側面があると同時に、身体の動きや知覚に制約をかける側面もあることがわかったと説明した。一方で、興味深いことに、実際現地にいたなら気にしていたはずの周りの人の目や社会的に要求される行動などから自由になり、完全にコンテンツにのみ集中することができたと語る参加者もいたという。これは確かにメリットではあるが、両氏はアウシュヴィッツのような負の遺産への訪問が道徳的な考慮を必要としない形でただ便利に行われてしまうことには倫理的懸念が残るとの見解を示す。

次は、「延長」というテーマでVRの効果が紹介された。一般的に、VRである場所を体験するとそれで満足し実際の訪問は必要なくなると思われがちだが、本プロジェクトでは逆のことが観察されたという。つまり、参加者たちはVR体験したことでさらにその場所のディテールにまで関心を持つことになり(関心の延長)、実際の訪問へと動機づけられたということである。これは、VRがますます実際の体験を代替していくという考え方に重要な示唆を与える結果と言える。

最後のテーマは「体現」である。VRにまつわる一つのイメージとして「脱身体性」が挙げられるが、プロジェクトを通じて、VRがいかにユーザーの身体的関与が重要な技術であるかがわかったという。このことからは、VR体験の内容がユーザー一人ひとりの身体的条件や身体的能力に大きくかかわることが示唆され、その利用において技術内に存在し得る不平等性についてさらなる検討が必要であると指摘された。

まとめると、VRはユーザーに社会的および道徳的な自由を提供するポテンシャルがある一方で、伝統的なフィールドトリップを完全に代替できるものではないことがわかった。ただし、VRの欠点は、その空間への好奇心や新しい洞察をもたらす側面があり、さらに教育学的な観点からは学習者の能動的な学びを促す技術でもあることが確認された。講演者二人は、VRを自己完結型の技術ではなく、特定の場所の地理的理解と想像力を発展させる途上にある学生たちに新たな問いを促す空間的な「刺激」として位置付けることを提案する。今後は、VRの限界を認識しつつその可能性を活かす形で従来の教育手法と効果的に統合するための工夫が必要になるだろう。