REPORTS

Women in AI APAC(アジア太平洋地域のAI分野で活躍する女性集団)
2023年サミット「AI for Good」報告

Kateryna Kasianenko (QUT Digital Media Research Centre)

・日時: 2023年6月14日(水)、15日(木)
・場所: オーストラリア・シドニ

2023年6月14日、15日の二日間、B’AIグローバルフォーラムのディレクター板津木綿子教授は、Women in AI APAC(アジア太平洋地域のAI分野で活躍する女性集団)の2023年のサミットに参加した。板津教授が日本代表を務めるWomen in AIは、2016年にフランスのパリで設立され、今では140か国以上からの9000人以上のメンバーを誇っている。アジア太平洋では、マレーシア、シンガポール、日本、インド、オーストラリアに拠点を置いている。今回のイベントは、責任あるAIの開発及びAI分野における女性の参加の向上というWomen in AIの二つの目標を中心に開催された。

40人を超えるイベントの登壇者の多くは、大量のテキストデータを学習し文章生成等に使われている大規模言語モデル(LLM)の昨今の発達に触れた。登壇者の一人、豪州ニューサウスウェールズ大学のToby Walsh教授が指摘したように、LLMによって出力される文章や画像等の質の向上とともに、ChatGPTを始めとするアプリの普及を背景に、AIが日常生活の一部として認識されつつある。そのため、IT業界による責任あるAIの開発及び政府の規制が必要性を増している。

欧州連合による初めてのAI規制法案(EU AI Act)の可決がイベントの開催と重なったこともあり、ヨーロッパでの規制の取り組みがサミットで特に注目された。この法案は、生成AIを提供している企業にAIモデルの学習に使われたデータに関する情報の開示を義務付けるほか、文章などのコンテンツがAIによって生成されたことを明記する必要性を示すものである。これらの課題は、アジア太平洋地域著作権協会のNatalie Stoianoff会長、マッコーリー大学のRita Matulionyte博士及びオーストラリアでの知的財産を専門とするJane Rawlings弁護士が登壇したサミットのパネルディスカッションの焦点となった。

Stoianoff会長らは、画像生成AIのStable Diffusionを巡る数人のアーティストによる集団訴訟を例に、AI分野における著作権の規制の難しさを強調した。Stable DiffusionのようなAIモデルの学習に使われる画像データの多くは著作権で保護されているコンテンツであり、それをデータベース化することでさえオーストラリアでは著作権侵害に当たる。しかしながら、Stable Diffusionに使われるアルゴリズムは画像を学習データとして保存する前に、元の画像にノイズなどを加え改変していることが、現在の著作権に関する法律の執行を困難にしている。

また、ミュンヘン工科大学のAlexander Kriebitz博士及びAuxane Boch氏も、複数の技術の複合としてのAI及びそれらの技術の複雑性を、AI規制の難しさの要因の一つとして挙げた。その上、ユースケースの文脈の違いや相反する様々な法的取り組みも、責任あるAIのための規制の実現を阻害する要因となっている。Kriebitz博士らは、こうした取り組みの共通基盤として、国連の国際人権章典や欧州連合基本権憲章などによって既に世界的に合意されている人権を提案した。しかしながら、消費者からの責任あるAIへの需要があっても、人権をAIの導入に組み込むことに成功している事例は少なく、民間企業の間ではこうした取り組みのROI(投資利益率)が低いという認識が今だに強い。

この矛盾をどう解決し、イノベーションと責任あるAIをどう両立させるかが、Women in AIサミットの多くの登壇者、特に保健や医療分野からの登壇者たちが取り組んでいる課題である。ニューサウスウェールズ大学のYang Song准教授、Beena Ahmed准教授、Gelareh Mohammadi博士は、医療分野での画像認識及び音声認識、信頼性のあるデータ分析のためのアルゴリズム開発に取り組んでいる。彼女らがフォーカスしている児童発達支援や言語聴覚療法、疾患の有無や進行状態を示す生理学的指標(バイオマーカー)という分野は、民間企業にとって利益率が高くないとされているため、研究者がこうした分野でのAIの導入において主導となる必要がある。

また、Ahmed准教授が取り組んでいる音声認識の研究では、音声アシスタントなどのサービスを提供するIT企業が簡単に大量のデータを入手するのとは対照的に、データ収集に継続的な努力と資源が必要である。Ahmed准教授の経験は、AIの分野で研究者と民間企業の間にパワーバランスの偏りがあることを示唆している。一方で、中国を始め複数の国で運営しているAI画像診断ソフト・ハードウェア企業PathoAIのXiaomei Wang執行取締役やニューサウスウェールズ大学のFatemeh Vafaee准教授が登壇したパネルディスカッションでは、発展途上国でのAI画像診断の導入の必要性と倫理的な課題という、健康分野でのAIにおけるもう一つの論点が登壇者と参加者の注目を集めた。

このように、AI分野で責任あるAIを目指している産学官民のアクターの間では様々な論点や緊張感がある。シドニー大学で知的財産を専門とするKim Weatherall教授が指摘したように、こうした論点を解決し、責任あるAIを実現するためには、規制や倫理指針をイノベーションを促す要因として捉え直す必要がある。サミットの基調講演を行ったStella Solar氏がセンター長を務めるオーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)のオーストラリア国立AIセンターは、このようなアプローチを用いて、オーストラリアの小中企業がAIを活用して事業を変革するのを支援している。Solar氏によると、AIの導入時期から責任のあるAIのビジョンを実践することこそ、サミットの標語として掲げられた「AI for Good」を実現する鍵だという。

また、Solar氏は、自分のIT分野でのキャリアや周りの女性の経験を踏まえ、パートナーとの育児や家事の分担等、周囲の支えの重要性を強調した。Women in AIサミットの他の登壇者の多くも、自分の経験を振り返りながら、AIの業界で活躍する女性が直面する課題とノウハウに触れた。サウジアラビアの国籍を取得したことで有名なロボット「ソフィア」の開発に携わったJeanne Lim氏は、ロボティクスの学会やイベント等に参加した際に、多くの場合、参加者の中でLim氏と「ソフィア」以外に女性がいなかったと語った。Lim氏の経験はAIや関連分野での男女の格差を解消する必要性を明らかにした。イベントの主催に携わったマレーシア、フィリピン、オーストラリア、日本各国の代表は、それぞれの国での男女格差の実態について語り、また、多様性の実現のための取り組みとしてネットワーキングや小中学校の学生のメンタリング等を紹介した。各国では、女性のロールモデルが不足しているが、ロールモデルにならざるを得ない業界の女性たちにとって感情労働の問題もあることが指摘された。「持続可能なAIセンター」のセンター長を務めるシドニー工科大学のMahendra Samarawickrama博士は閉会の挨拶で、男性アライの必要性を強調し、男女格差を解消するために男性が取り組むことと、ジェンダーバイアス等を考慮した責任あるAIの実現を結びつけた。Women in AI APACサミットは、イベントに参加した多くのコンピュータサイエンスや関連分野の学生にとって、女性のロールモデルやアライと知り合う貴重な機会でもあった。