REPORTS

第20回 B’AI Book Club 報告
Mark Shepard (2022) There Are No Facts: Attentive Algorithms, Extractive Data Practices, and the Quantification of Everyday Life

金 佳榮(B’AI Global Forum 特任研究員)

・日時: 2023年6月27日(火)13:00-14:30
・場所: ハイブリッド(B ‘AIオフィス&Zoomミーティング)
・言語: 日本語
・書籍:Mark Shepard (2022) There Are No Facts: Attentive Algorithms, Extractive Data Practices, and the Quantification of Everyday Life , Cambridge, Massachusetts: The MIT Press.
・評者: 金 佳榮(B’AI Global Forum 特任研究員)

2023年6月27日、B’AIグローバル・フォーラムのプロジェクトメンバーによる書評会「B’AI Book Club」第20回が開催された。今回は、特任研究員の金佳榮が、Mark Shepardの著書『There Are No Facts: Attentive Algorithms, Extractive Data Practices, and the Quantification of Everyday Life』(2022) を紹介した。

建築学とメディア研究を専門とする著者は、客観的な真実というものが喪失し、人々の間の共通の認識基盤が解体している今日、ビッグデータとアルゴリズムに基づいたAIなどの技術やソーシャルメディアなどによってその状況がいかに深化しているかを、さまざまな事例を用いて検証している。前半では、近年氾濫しているフェイクニュースや地図制作をめぐる社会的闘争を題材に、現実世界をそのまま反映していると思われがちなニュースや地図さえも、実は客観的真実などではなく社会的・政治的プロセスから生まれるものであることが示された。また、現代においては現実を構成するそれらのプロセスがますますAIなどの技術によって媒介され、その結果として作られたものが人間の思考や日常生活にさまざまな影響を及ぼす状況が批判的に論じられている。次に、便利な生活、個々人に最適化された情報の提供、安全の確保といった言説の下、人々の身体や個人データがどのように搾取されているかを、さらに具体的な事例とともに考察している。ここで取り上げられた事例は、家庭内のAIアシスタント、アルゴリズムによる信用評価、人々の行動データをベースとするスマートシティの建設計画、Covid-19パンデミック下で人々の監視と行動制限のツールとして用いられた各種技術などと多岐にわたっており、家庭から都市空間、さらには全世界といった広い範囲まで、実にさまざまなレベルにおいて技術による人間の数量化と格付け、操作が行われていることがよく分かる。

評者は、技術とは決して中立的ではなく、むしろ偏見、差別、対立を増幅させる側面があるという本書の基本的なスタンスがB’AIの問題意識と深く重なっていると述べ、特に、ポストトゥルース時代においてはフェイクに騙されること自体よりももはやファクトかフェイクかを問題視しなくなりつつある態度への懸念が大きいという見解に賛同を示した。近年デジタル空間での性暴力などに用いられているDeepfake技術を考えるとその問題の深刻さは明らかである。一方で、真実/虚偽、本物/偽物の間の線引きについては、そもそも本物というのが存在するのかという哲学的な議論でもあり、真偽性を基準にして物事を判断する必要がある場合とそうではない場合があるので、分けて考える必要があるとの意見もあった。

その他にも、参加者からは、スマートシティの建設などの実験的な取り組みが主に企業主導で進められているが、営利追求が究極的な目的となるとどうしても研究者らが重要視する倫理基準とは噛み合わないところがあり、今後その隔たりをどのように埋めていくかという問題意識や、著者が「Data Blasé」と呼んでいる人々の個人情報への態度、すなわち、オンラインサービスを無料で利用するなどのメリットとの引き換えに自分の個人情報を企業に手渡すことに人々がますます無頓着になっていく状態に対する自己反省を込めた批判も提示された。

こうした現状をどのように改善していくかを実践的に議論するのはまさにB’AIのミッションである。今後その課題に取り組む際に、本書が提示している論点や書評会で交わされたさまざまな議論が大変参考になると思われる。