REPORTS

第16回 B’AI Book Club 報告
Tula Giannini and Jonathan P. Bowen eds. (2019) Museums and Digital Culture: New Perspectives and Research

大月希望(B’AIリサーチ・アシスタント)

・日時:2022年12月20日(火)17:30-19:00(JST)
・場所:Zoomミーティング
・使用言語:日本語
・書籍:Tula Giannini and Jonathan P. Bowen eds. (2019) Museums and Digital Culture: New Perspectives and Research , Switzerland: Springer Cham.
・評者:大月希望(B’AIリサーチ・アシスタント)

2022年12月20日、B’AI Global Forumのプロジェクトメンバーとその関係者が参加する書評会「B’AI Book Club」の第16回がオンラインで開催された。今回の書評会では、B’AIリサーチ・アシスタントの大月希望が、書籍『Museums and Digital Culture: New Perspectives and Research』(2019)を紹介した。

本書では、デジタル文化が21世紀のミュージアムをどう変えていくかについて、(デジタル)アーティスト、学術関係者、ミュージアム関係者などの専門家といったミュージアムの内外からの多様な視点により、研究とケーススタディの形で提供・解説されている。具体的には、日常におけるデジタルツールやテクノロジーのユビキタスな利用により、ミュージアムの展示やコレクションの社会的文脈・目的、ミュージアム関係者の仕事、現実と仮想の来館者の期待が根本的に変わりつつあり、ミュージアムは非常にダイナミックで社会的意識の高い、適切な機関へと進化していると説明されている。来館者中心のモデルにより設計された展示、発信、体験プログラムは、デジタル文化、思考、美学、視覚、聴覚とシームレスに統合され、ダイナミックで革新的な未来のミュージアムのアイデンティティを作り上げる一助となるのである。

書評会では、参加者が特に関心を持ったトピックについてディスカッションが行われた。まずは、デジタル時代における、時代に即した形での専門家とアーティスト向けの教育の必要性についてである。このことに関して、専門家に対する教育、とりわけ現職者に対する教育の必要性が指摘された。従来の博物館教育では博物館が所蔵する資料を用いた学齢期の来館者への教育や学校教育との連携、生涯学習に主眼が置かれることが多かったが、本書で書かれているようにミュージアムの現場で働く人々に対してデジタル技術や文化に関する教育の機会を提供することは、重要な意味を持つ。そして今後も増えて行くであろうデジタルアーティストに対して、彼らが生み出す作品の社会的意義や様々な可能性についてミュージアムの側からデジタルの観点で教育を行うことも必要である。日本ではまだこうした専門家やアーティスト向けの教育は少なく、デジタル技術や社会の変化について研修を受ける機会が十分にないままの専門家も多いと推測される。小規模館や地方館であってもデジタル化やデジタル資料の取扱が求められるようになり、アート活動・作品をアーティスト自らが全世界発信可能になった現代においては、大学教育としての学芸員課程や芸術系学部だけでなく、例えば関係する学会の活動として、あるいは芸術団体の主導で教育の機会を提供できるとよいだろう。

また、日本のミュージアムの問題点として、資料や業務の内容は多様だが、取り扱いを担う学芸員の専門性は多様とは言い難いという問題も指摘された。加えて、館によっては学芸員が少人数または一人しか配置されておらず、考古からファインアートまで様々な資料を単独で取り扱う必要があり、チームで仕事をする機会が少ないため、例えば展示内容にジェンダー平等の意識が欠けていても気づけないといった問題が発生する可能性がある。さらに、多くの場合では学部4年間で学芸員課程を履修し就職するため、修士や博士の専門的学位を持つ学芸員が少ない上、非正規雇用の多さや給与水準の低さも課題となっている。

続いて、ミュージアムへの多様な市民の参画に関しては、従来はミュージアム館内のみで行われていた展示やキュレーションが、デジタル技術、特にインターネット技術の活用により館外でも行われるようになり、様々な人の目に触れやすく、身近に感じられやすくなった。また、デジタル技術、ミュージアム資料、アートの融合によるインスタレーションが盛んになり、資料の見られ方も変化しただけでなく、これまではミュージアムに興味を持たなかった層も来館するようになった。こうした状況を踏まえて、ミュージアムは新しいコミュニティの構築や来館者の文化事業への参画などを行っていく必要がある。本書では多様な市民のミュージアムへの参画を支援する事例として、AIを活用したチャットボットが取り上げられている。チャットボットには倫理的責任やプライバシーの課題もあるが、新しいパラダイムや来館者との相互作用を創出する可能性、また、ミュージアムが市民にとって信頼できる学習組織であるために市民自らがステークホルダーとして参画することを支援しうるとしている。

デジタル文化に対してミュージアムが今後どういった方向性で向き合っていくのかについて、人々の技術利用の変化にミュージアムも対応していく必要があり、そうでないと人々に受け入れられ成功することは難しいと本書では述べられている。デジタルエコシステムと呼ばれる共有空間の中で行動や存在の方法が変化していることを踏まえ、人々はインターネットを通じて自分の生活を他人と比較しながらも、自由、民主主義、生命、自由、幸福の追求の権利といった基本的なものを求めている。そのデジタルエコシステムの中にミュージアムやその資料が位置づけられ、世界中から見られていることを常に念頭に置く必要がある。これまで現実世界において弱者とされてきた人々がデジタルエコシステムの中で声を上げ、ミュージアムがこれまで当然のように展示してきた資料や展示方法に対して異議を申し立てることも可能になり、互いに対話の方法を模索している。ディスカッションでは、このような時代におけるミュージアムの存在意義として、数多くの資料の中から、戦争やジェンダー平等意識の高まりなど社会の状況を見ながら、また関係者の考えや様々な受容の可能性を踏まえながらキュレーションを行う役割があるという意見が出された。

さらに、資料のデジタル化とボーンデジタル(born-digital: 生成時点からデジタルである)な資料の登場によって、文化機関が保有する人類の知識はすべてデータベースに詰め込まれ、ウェブに移行されつつあることや、今後デジタル技術が変化してよりリアルな体験ができるようになり、求められるようになる。加えて書評会の参加者からは、自宅でデジタル技術を通じてミュージアム資料を見たりVRで楽しむことの長短を議論する際に、実際に足を運ぶことが可能な人を基準にして議論される傾向があるのではという意見も出された。ミュージアムを訪れる余裕がない人々にとっては、デジタル技術を活用して手軽に資料にアクセスできることが助けになる面もあるという指摘である。さらに参加者から海外の事例としてVRを提供しているミュージアムの紹介があり、VRが日本語に対応していないことについては、まだ余裕がないためなのか他の理由があるのかは不明とのことであった。また、大規模なミュージアムのVRは巨大資本の資金協力なしには成り立たないという指摘もあった。

以上のように、ミュージアムとデジタル技術の関わりは日々増していくばかりである。既存の資料のデジタル化やオンラインでの発信だけでなく、そこから生まれる新しいコミュニケーションにも注目が集まっている。ジェンダー平等や多様性の尊重に向けた取り組みが社会全体で推進されており、ミュージアムにおいても当然そうである現在、デジタル技術を活用することが実現の一助になるかもしれない。ボーンデジタル資料の収集および活用、またデジタルアートに関してもミュージアムが関わり、加えてそれらを生み出し管理する人々の教育にも寄与することが求められている。時代により変化する社会的要請に応える形で資料を提供することで、ミュージアムはデジタルエコシステムの中で存在意義を発揮するだろう。