2024.Mar.12
REPORTSB’AI Global Forum講演会「AI時代における言語教育」報告
金 佳榮(B’AIグローバル・フォーラム 特任研究員)
・日時:2024年1月15日(月)15:30-17:00
・形式:ハイブリッド(対面&Zoomウェビナー)
・会場:東京大学浅野キャンパス理学部3号館327
・使用言語:日本語
・主催:東京大学Beyond AI研究推進機構B’AIグローバル・フォーラム
・後援:東京大学Beyond AI研究推進機構
(イベントの詳細はこちら)
2024年1月15日、B’AIグローバル・フォーラム主催、Beyond AI研究推進機構後援の講演会「AI時代における言語教育」が開催された。長く大学における英語教育に関わってきた東京大学副学長でグローバル教育センター長の矢口祐人氏、乳幼児の言語発達を神経心理学的なアプローチで考察している東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構講師の辻晶氏、言語学専門で大学における英語教育の経歴も長い東京大学副学長の伊藤たかね氏が登壇し、生成AIが人々の言語習得に及ぼす影響やAI時代における言語教育のあり方について議論を交わした。
まず、東京大学理事・副学長の林香里氏による開会挨拶が行われた。林氏は、言語習得というのは単なる実用的スキルの向上ではなく知の拡張であり未知の世界への扉を開くものであると述べた。さらに、AIによって言語習得のあり方が変わりつつある中、そのAIを通して改めて言語習得とは何かを考察することの重要性を強調した。
続いて、矢口祐人氏が「大学の語学教育と生成系AI」と題した講演を行った。大規模言語モデル(LLM)をもとにした生成AIベースの言語学習アプリDuolingoの本社を視察した矢口氏は、技術が従来の教育の型と内容を変えているのであれば、大学においてもAIを取り入れた語学教育のあり方をゼロベースから考えるべきなのではないかと提案する。これは、東京大学の言語教育が英語をはじめとする少数のマジョリティ言語に偏っていることや、日本語での文法理解と読解を重視する傾向が強いことなどに対する、自己反省を込めた批判から出された見解であった。しかし、AI活用のメリットだけが強調されたのではなく、AIを使った語学学習では実現できない大学の授業とは何かをしっかり考える必要があることも指摘された。語学教育で重要なのは、意見を明確に話し、相手を理解する「対話の能力」を高めること、他者の価値観を学び、考え、反応する能力、すなわちempathyを養うことであり、これらこそ人間による教育において実現されるべき点であることが強調された。
次に、辻晶氏による講演「言語発達から見た言語教育と生成AIの関係」では、乳幼児と成人の言語習得環境の違いを踏まえ、言語教育における生成AI活用のヒントが提供された。辻氏によると、乳幼児の言語習得には、コミュニケーションが生命の維持に直結するためそのツールである言語習得への意欲が非常に高いこと、対話の相手に難易度を調節してもらえること、自然に没入型(Immersive)の学習環境が醸成されること、そしてこれらの学習が暗黙的(Implicit)に行われることなどの特徴がある。赤ちゃんを言語習得の達人とするこのような環境は、大人が第二言語を学ぶ環境とは大きく異なるのだが、対話エージェントを使うことによって乳幼児期の学習環境の特徴を再現できるという点で、AIを用いる言語学習の可能性を見出すことができるという。しかし、そこには限界もあり、実世界との関連付けや価値観などが欠けている点やデータ由来のバイアスを孕む可能性がある点などに注意する必要があると指摘された。
最後に、伊藤たかね氏による講演「『異なる知の体系』に触れることの意義」が行われた。今日、自動翻訳AIや言語学習AIなどの導入によって、外国語教育及び外国語教員不要論が浮上している。しかし伊藤氏によると、外国語学習において最も重要なことの一つは、「『他者』との出会い」という側面、すなわち、母語とは異なるシステムをもつ言語に触れる経験であるという。自分が持っているものとは異なる知の体系に出会うことで、他者を理解し自己を相対化することができるということである。伊藤氏は、表記システムが異なる二つの言語(日本語と英語)に関する分析事例を取り上げ、異なるシステムを通すことで自分が属しているシステムそのものに対してもさらに理解が深まることや、異なるように見えるシステムの間に存在する普遍的な性質に気づく可能性についても説明した。
講演後の全体議論では、Duolingoなどの言語学習アプリについて、商業的事業であるがゆえのリソース配分などによって現実世界における不均衡や格差がさらに強化される可能性はないか、大学での外国語教育に暗黙的(implicit)な性質を持たせる方法としてどのようなものがあるのか、言語を知の体系として学ぶかコミュニケーションの手段として学ぶかの両側面があるとすればAI時代における大学教育ではどちらに軸足を置くべきなのかなど、多岐に渡る質問が寄せられ、活発な議論が交わされた。本講演会は、AIの発達によって言語学習の環境や学習者のモチベーションなどが大きく変化する中、そもそも語学を学ぶことの意義とは何なのか、大学はその意義をどのように実現できるのかを考える上で非常に示唆に富む議論の場であった。