2024.Mar.22
REPORTSHISS (the Hunt-Simes Institute in Sexuality Studies) 2024 参加報告
武内今日子(B’AIグローバル・フォーラム 特任助教)
・日時:2024年2月19日~3月1日
・場所:シドニー大学
・使用言語:英語
・主催:シドニー大学Hunt-Simes Institute in Sexuality Studies
LGBTQ+の祭典であるマルディグラと同時期、2024年2月19日~3月1日までシドニーで開催されたHISS(the Hunt-Simes Institute in Sexuality Studies)は、40人以上のさまざまな領域のクィア研究者が集った、実験的なワークショップである。このワークショップは、Lee Wallace氏とVictoria Rawling氏の主導によって開催された。 HISSが探求したのは、身体化された学びと知識の構築に焦点を当て、クィアネスに導かれた教室での実践である。英語圏やスペイン語圏を中心にさまざまな国や地域から参加者が集い、多くのクィア関連の研究者や実務家によって、既存の学校での教育をとらえ直すような実験的な授業が行われた。B’AIグローバル・フォーラムからは、板津 木綿子氏および武内 今日子が参加し、板津氏は講師としてAI利用のジェンダー・バイアスや、AIをいかにクィアな可能性に開いていけるかを講義した。
今年度のHISSが着目したテーマは、クィアな相互関係(Queer Relationality)である。今回授業のテーマとなったような、親密性、歴史、メディア、ゲーム、AI、空間といったさまざまな主題が教室の環境に関わっている。そうであれば、多様な要素の相互関係を学校での学びや教育の文脈に位置づけることで、クィアな友情やコミュニティ、情動が可能になるようなインクルーシヴな教育の可能性を考えることができるはずだ。こうした期待のもと、午前中に2時間、午後に2時間の授業を基本に、時にフィールドトリップも行う2週間のワークショップが開催された。
HISSへの参加を通じて、まずさまざまなバックグラウンドを持つ参加者との交流から、それぞれの授業のトピックにおいてどのような状況の違いがあるかを知ることができた。たとえば、性教育として禁欲についてしか教えない学校もあることなど、宗教的な背景をもつ教育の特性について多くの学びがあった。また、起業家に関する授業のように、企業での上下関係に基づく性暴力の現状を確認しつつ、領域横断的にクィアな可能性を追求する機会も興味深かった。コストを考えつつ学生への教育として行う活動を考えてみるというワークを通じて、企業や営利という、教育や研究の営みとは一見相性が悪く、あまり検討してこなかった領域との交差性を考えることができた。
全体として議論において、個人的な経験を共有する場面の多さが印象的だった。たとえば、初回のオリエンテーションが個人的なギフトをグループで紹介しあうことから始まり、その後の授業でも自らがAIをどのように使ってきたか、性教育で何を学んできたか、体育の授業がどのような経験だったかといった問いが投げかけられた。とくに「批判的なカラオケ」の授業では、自分自身や研究関心と自ら選んだ曲とを関連づけて話すことが求められた。このとき、参加者が何らかのかたちでジェンダー、セクシュアリティ、クィアに関わる研究や活動をしていることは、その場に性的マイノリティがいることを前提として話すことを互いに了解しあうことにつながっていたと思う。もちろん、それぞれが異なる環境のもとで異なる経験をしているのだが、そのなかでも、シスジェンダーや異性愛者を自明としやすい社会で、経験が共鳴しあうような側面もあった。これは教室における個々人の抑圧的な経験と再び向き合い、他の参加者との共有を通じてとらえ直そうとする機会でもあった。
加えて、教育現場で教員と学生の関係性を固定的なものにしないために、どのような実践ができるかということも、授業での参加者の協働を通じて学ぶことができた。たとえば、いくつかの授業において、教員が講義を行い学生がそれを聴講するという単純な関係ではない、どのような相互作用がありうるかについて議論できた。ただし、私は日本で学生や教員を教育する現場に何を持ち帰れるかを意識してHISSに参加してきたが、日本での困難な状況が、今回の授業とあまりにもかけ離れており、どのように活かしていけばいいかを具体的に考えることは難しい部分もあった。たとえば、大学においてすら、他人と自らとの差異を可視化することを恐れ、手を挙げて意見を言おうとする学生がほとんどいない状況において、教員と学生の活発な相互作用を期待することは難しい。ただ、こうした状況についてもグループワークする中で共有したところ、まずは自分の意見を言えるようになるために、今日の朝食が何だったかなど答えやすいことから話し合ってみる、などの工夫が議論された。このように、状況の違いをふまえた教育実践について話し合えたことは、今後教育に携わるうえで重要な経験だった。
また、HISSの授業は、基本的には英語を聞きとり、グループにおいて英語で議論する能力を必要とするものだったが、一部の授業では、必ずしも話し聞くだけではない相互作用にも開かれていた。私を含め非英語圏で生まれ育ち、普段英語を使わない参加者にとっては、ネイティヴの速い会話についていくことが難しい場面も見られた。他方で、たとえばXavier Ho氏による「クィア・デザイン」の授業は、グループにおいてクィアな学校がどのようなものか色紙を用いた工作や説明文を組み合わせて構想してみるものだった。Susan Potter氏とAmy Villarejo氏による映画の授業にも、ペアで問いを定め、その場で片方が映像を作成し、もう片方がその続きとなる映像を作ることを繰り返して一つの短い映画をつくるという相互作用があった。最終日のまとめの授業でも、質問文が書かれたカードをそれぞれが持ち、ペアを作って質問し合い、カードを交換して次の人を探すことを繰り返し、グループ単位ではなく個人単位で相手の考えをより深く知ることができた。このように、より身体的な表現や、書き言葉による表現に開かれた、さまざまな水準の相互作用を行う授業がいくつもあったことは、よりインクルーシヴな授業を考えるうえで重要だと思われた。
さらに、クィアな相互関係は、教室の中でのみ学ばれるものではない。HISSでの活発なやり取りの中で、HISS以外の場でシドニーにおいて経験したことをふり返る機会もあった。それぞれが、オーストラリアの歴史を博物館や美術館の展示を通じて学んだほか、シドニーの街でマルディグラを前に美術館や博物館、バーなどの場において、LGBTQ関連のさまざまなイベントに参加し、クィアをテーマとした書店が充実しており、壁にさまざまなセクシュアリティのフラッグが描かれ街全体がLGBTQを歓迎する雰囲気をつくり上げていることを歩きながら知っていった。そして、その経験をほかの参加者と共有し、話し合うことを通じてさらに理解を深め、新たなイベントや展示についても気づいていった。とくに、シドニー初のLGBTQの歴史・文化博物館であるQtopiaにおける幅広い展示は、オーストラリアでの人々の継続的な性をめぐる規範との闘い、他の博物館とも協働した充実したアーキビストの体制が実を結んだ結果として印象的だった。HISSは、こうしたシドニーの多様な性や人種をめぐる関係性の歴史の上に位置づいている。今回のHISSでの授業経験や、さまざまなバックグラウンドを持つ参加者との豊かなネットワークを活かし、異なる土壌をもつ私たちがどのようにクィアな関係性を教室に見出していくのか、多様な相互関係を含みこんだAIの倫理的な利用がどのように可能かを今後日本で考え、実践していきたい。