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LGBTQ+の語りのデジタルアーカイブ化と倫理勉強会報告

武内 今日子(B’AI Global Forum 特任助教)

・日時:2024年2月11日 (日) ~ 12日 (月)
・場所:東京大学浅野キャンパス理学部3号館327号室
・使用言語:英語
・主催:東京大学Beyond AI研究推進機構 B’AI Global Forum

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2024年2月11日から2月12日にかけて、LGBTQ+の語りのデジタルアーカイブ化と倫理勉強会が開催された。本勉強会は、3人の講演者の講演と全体議論を通じて、LGBTQ+の語りをデジタル・アーカイブ化することに関する可能性と課題を、倫理や方法、メディア技術などとの関係から多面的に検討することをめざすものである。

性的マイノリティに関する信頼できる情報が少ない状況において、人々が過去の性的マイノリティの活動や個々人の歴史をたどることができることは重要である。海外ではACT UP Oral History ProjectやNew York City Trans Oral History Projectなどのさまざまなデジタル・アーカイブがあるが、アジアでは、さまざまな出版物や放送番組、文化財などのデジタル・アーカイブへの関心は高まっているにもかかわらず、性的マイノリティのデジタル・アーカイブは現状では非常に限られており、どのような可能性や課題があるのかを検討する必要がある。

そのうえで、こうしたデジタル・アーカイブを成り立たせるプラットフォームのあり方として、AI技術の影響を検討することが重要である。AI技術は、画像や文章をもとに資料の内容を自動抽出し、分類し、目録を作成する際に役立てられ、Web アーカイブではその活用が進んでいる。こうした文脈のもと、本勉強会は、ミニコミやウェブ上のテクスト、インタビューにおける性的マイノリティの語りのデジタル・アーカイブ化やそこにおけるAI技術の利用に際して生じている/生じうる課題、必要な倫理的な方針をさまざまな専門の研究者と多角的に議論することをめざして開催された。

本勉強会では、海外から二人の研究者をお招きした。すでに「Queer Digital History Project」などのデジタル・アーカイブ作成に携わっている米国の研究者であるAvery Dame-Griff氏(ゴンザガ大学)と、アジア、とりわけ日本のトランスジェンダーに関する調査研究を行ってきたMichelle Ho氏(シンガポール国立大学)である。加えて、企画者である武内も、日本のこれまでの社会運動やアーカイブ化の現状を説明すべく、報告者に加わるとともに、アーカイブを訪問するフィールドトリップを主導した。

1日目はAvery Dame-Griff氏から、著作『 The Two Revolutions: A History of the Transgender Internet (2023, NYU Press)』と「the Queer Digital History Project」に基づく「クィアな過去を刻む: 初期のLGBTQデジタル空間を記録することの課題」と題した講演があった。この講演では、初期のLGBTQネット、とりわけUsenetにおけるアーカイブ化の資料保存やデザイン、プライバシーにかかわる困難などが説明された。そしてWebアーカイブのようなAIを用いた大規模なアーカイブ化の取り組みが、大量のデータを集めることを優先し、倫理的な問題を後回しにしていることの課題が報告され、コミュニティに基づく議論の必要性が提起された。

2日目はアジアのLGBTQ+アーカイブについて検討した。武内による講演では、「日本のLGBTQ+のアーカイブプロジェクトと倫理的課題を概観する」と題して、日本のこれまでのゲイ・レズビアン・トランスジェンダーの社会運動が概観され、こうしたコミュニティに基づく運動の蓄積を反映して、カテゴリカルにLGBTQ(デジタル)アーカイブが形成されてきた/形成されつつあることが示された。同時に、AIとの相性も悪い、こうしたカテゴリーから零れ落ちるさまざまな場を移動してきた交差性をはらむ経験をどのような枠組みでアーカイブ化していくかという課題が報告された。発表後、どのように交差的な経験をアーカイブ化していくかが問われたほか、実際にアーカイブ化に携わってきた会場の研究者から、大学における倫理審査の限界が共有された。

続くMichelle Ho氏による講演「アジアン・トランスアーカイブ:東京の女装・男装の研究から」では、東京での女装と男装の調査研究にもとづき、アジアのトランスアーカイブとは何かが検討された。特に焦点があてられたのは、アジアのFtM(Female to Male)の個々人が、YouTubeにおいてそれぞれのアイデンティティや性別移行の物語を共有していることだ。ここで呈示されたのは、伝統的な「西洋」の国家によるアーカイブや、コミュニティに基づく活動に焦点化した「適切な」アーカイブ化の実践から零れ落ちるような、個々人の日常のアーカイブの可能性である。質疑応答において、商業的・資本主義的なプラットホームを用いることの限界や、現にひろく流通しているプラットホームにおいて個々人がどのような実践をおこなっているのかを検討していく必要があるとまとめられた。

その後の全体議論では、まず石井由香理氏(上智大学)がコメンテーターを務め、女装や男装のバーやクラブでの実践が歴史として蓄積されにくい状況があることや、エスニシティや障害などとの交差性に着目した語りのアーカイブ化をおこなう必要性について提起したほか、語りを残すことが特定の立場からなされる権力をはらむ行為であることが指摘された。そして登壇者3人とフロアの参加者を交えた議論では、異なる関心や領域の研究者が協働しあうときの困難をいかに乗り越えられるか、またアーカイブの作成や学問的蓄積が英語中心的であることをどうとらえるかといった活発な議論が交わされた。

 

全体を通じて、AIに関しては、アーカイブ化を効率化していく可能性を持つと同時に、バイナリーでカテゴリカルな仕方で語りを区分するといった制限を課す側面が見てとれた。また、大規模なアーカイブにはすでにAIが活用されているが、倫理的な課題が後回しにされやすいことが確認された。現実的には、タグづけの実践にAIを利用するといった、ある程度研究者のコントロールができる仕方でAIを導入していく可能性はある。ただし、用語自体が更新されていくなかで、AIがもとにしている学習データにLGBTQ+コミュニティの状況の変化を反映させていくことの困難は残っている。いずれにせよ必要となるのは、アーキビスト、コミュニティに関わる人々、そしてエンジニアとのコミュニケーションと協働であるように思われた。この勉強会はLGBTQ+のアーカイブに関わる地域・領域横断的なさまざまな参加者を集め、多角的な交流や議論につながっており、協働の一歩となるものと言えるだろう。本勉強会が、性的マイノリティの(デジタル)アーカイブ化のさらなる推進力となることを願っている。