REPORTS

Trauma Reporting 研究会シンポジウム
「トラウマを理解したジャーナリズム実践をめざして」報告

河原理子(東京大学大学院情報学環特任教授)

・日時:2026年2月14日(土)13:30-16:30
・場所:Zoomウェビナー & 対面(東京大学本郷キャンパス福武ラーニングシアター)
・使用言語:英語、日本語(同時通訳あり)
・司会:河原 理子(東京大学大学院情報学環 特任教授)
・開会挨拶:久野 愛(東京大学大学院情報学環 准教授、B’AI Global Forumディレクター)
(イベントの詳細はこちら

Trauma Reporting 研究会は、2026年2月14日、5年間の活動の総括となるシンポジウム「トラウマを理解したジャーナリズム実践をめざして」を開き、ウェビナーで配信した(期間限定で後日視聴あり)。

当日の模様は、下記のメディアで報道された。

・「トラウマ取材 どうしたら?/ 都内でシンポ/ 当事者を理解し尊重 記者自身を守る必要」、しんぶん赤旗、2026年2月17日付、p10首都圏版

・「トラウマ理解し、よりよい災害・事件報道向け記者らがシンポ/ 誹謗に『デジタル防弾チョッキ』を」、週刊金曜日、2026年2月27日付、p8

・「トラウマ巡る取材を考える 東大でシンポ 記者も傷負うリスク認識を」、新聞協会報、2026年3月10日付、p3

 

第1部 講演「デジタルの防弾チョッキをつくろう!

シンポジウムは、第1部「講演」、第2部「報告」の2部構成。

第1部は、オーストラリアのCentre for Journalism and Trauma(CJT、旧Dart Centre Asia Pacific)のディレクター&コンサルタントであるAmantha Pereraさんに、「デジタルの防弾チョッキをつくろう!」と題して講演していただいた。Pereraさんは、母国スリランカで、新聞記者そしてフリーランスのジャーナリストとして、内戦や津波被害を取材し、TIME誌やガーディアン紙などに寄稿してきた。現在は、オーストラリアのアデレード大学大学院博士課程で、情報専門家のための安全でプロフェッショナルなハイブリッドワークスペースを構築しようと、研究している。

トラウマとジャーナリズムや、ジャーナリストの安全な仕事環境を考えるようになったきっかけは、敬愛するエディターが殺害された事件。自分の怒りが抑えられなくなり、それを理解する手がかりを探して、トラウマとジャーナリズムについてスキルを提供していた旧ダートセンターにたどりついたという。第1部の最後に、彼の上司をはじめ職務に絡んで亡くなった世界のジャーナリストたちに、会場参加者が黙祷を捧げた。

講演要旨

もはや、スマートフォンなど無しにジャーナリストが仕事したり交友関係を維持したりすることはむつかしくなり、寝室にもスマートフォンを持っていく人が少なくない。デジタル空間から完全に離れることはできない状況のなかで、私たちは、「技術が促進する脅威(Technology facilitated threats, TFT)」にさらされている。それは、情報収集や処理の過程においてのみならず、読者や視聴者との関わりにおいても、発生する。

脅威には二種類あり、あなたへの誹謗中傷など、傷つける意図を持った「明白な脅威」と、戦地から送られてくる生々しい映像など、あなたを苦しめる意図はない「あいまいな脅威」がある。どちらもあなたに影響する。オンラインまたはハイブリッドの脅威は、オフラインの脅威と同じように深刻な影響を与えることが研究でわかってきた。トラウマはあなたが表現する力を奪う可能性があり、ジャーナリストが発言できなくなれば大きな影響が出る。

このような「技術が促進する脅威」は増大しており、まず脅威を理解するスキルが必要になる。大学院での研究を通じて私が考えたのが「デジタルの防弾チョッキ」。ジャーナリストだけではなくすべての情報専門家が、デジタル空間で、より安全にプロとしての仕事を続けていけるようにするための、シンプルなコンセプトだ。

「デジタルの防弾チョッキ」では、自分がさらされている「技術が促進する脅威」について、5W1Hを考えながら分析し、リスクを特定する。

W1: Where どのプラットフォームで脅威にさらされているのか。たとえばFacebookか、チャットグループか、他のものか。
W2: On what どの端末でその脅威が来たか。スマホ? コンビューター?
W3: When and where いつ、どこで。1回限りか、継続しているか。勤務中か、オフか。自宅にいるのか、ほかの場所で働いているときか。特定の場所でさらされているのかどうか。
W4: Why なぜ。仕事で必要だから見ていたのか、個人的に必要だったのか、好奇心からか、ただ漫然と見ていたのか。
W5: Who そのとき誰が一緒にいたか。ひとりでいるときか、同僚や家族、あるいは知らない人たちがいたか。
H1: How そして最後に、自分は何をどのようにコントロールすることができるかを考える。

自分がさらされた脅威をひとつ思い起こして、5W1Hを書いてみてほしい。ここでの対策は、自分でできるシンプルなものでいい。相手をブロックするのでもいいし、私はFacebook上で商業目的のために偽造画像を流されたことがあり、そのときはFacebookの人間に連絡をとって削除してもらった。

「デジタルの防弾チョッキ」は、デジタル/オンライン空間とのよい関わり方の上に、効果を発揮する。それは、できるだけ公私を分けること、定期的に休憩を入れること。ウエルビーイングを考えることだ。閉鎖的な空間で画面を見ていると没入しやすいので、壁の前にパソコンを置いて仕事している人は、他のものが目に入るようなオープンな空間にワークステーションを置くように配置を変えた方がよい。

自分にできる、実践的な、現実的なステップを考えてみよう。

 

2部 報告1 「トラウマ取材をするジャーナリストが受ける影響——日韓の実態調査から」

第2部では、まず、李美淑・大妻女子大学准教授が「トラウマ取材をするジャーナリストが受ける影響——日韓の実態調査から」と題して、報告した。

トラウマとジャーナリストについての議論は、ベトナム戦争の取材者に見られた現実感喪失や薬物使用などをめぐって、英語圏で始まり、1990年代に、職業に伴う構造的な問題としてとらえられるようになったという。一方で、「ジャーナリストは強靱であるべきだ」として、影響を受けることを否定する文化が存在していた。そのなかで、現実には多くのジャーナリストやフォトジャーナリストが惨事の現場やトラウマ体験をした人に接しており、無力感や自責感に悩まされていた。

李さんは最初に、「トラウマを理解したジャーナリズム」の意義を明確にした。「トラウマを理解したジャーナリズム」は、トラウマ体験をした当事者への倫理的責務であるだけでなく、ジャーナリストが人間として職務を健康的に果たしていくためにも必要であり、当事者がより安心して語れるようになれば、より深い洞察と共感に富む報道が導き出され、市民の有意義な社会的介入の手助けとなり、制度の見直しや当事者の回復力を高めることにもつながる、と指摘した。

ジャーナリストが受けるダメージについて、先行研究からわかったことは——①早めの対応が重要。②「モラルインジャリー(moral injury)」つまり、自分の信念や倫理的価値観が深刻に毀損されたり、自分がすべきだと思っていたことが果たせなかったりしたときの傷つきがジャーナリストの実存面に影響している。③トラウマについての教育やトラウマ取材のトレーニングを受けたジャーナリストの方がトラウマ後の成長につながっている。④サポートの欠如は症状の悪化につながる。⑤オンラインハラスメントの被害が世界的に増えている。

21世紀になり日本や韓国でも調査が実施されて、惨事を取材するジャーナリストのストレス反応や、無力感、相手を傷つけたのではないかという苦悩が浮き彫りにされた。韓国の近年の調査では、トラウマ取材に際して「事前に適切な教育を受けたか」という問いに、「そう思わない」と8割が答えた。また、性差はほぼ見られなかったが、性暴力の取材だけ、取材に関連してトラウマチックな体験をした人の割合が、女性は男性の二倍強あった。

日本の以前の調査では回答者の9割以上が男性だった。また、それから情報環境が変わったこともあり、李さんは、日本でも新たな、デジタル時代のジャーナリストのトラウマ事態調査をしようと計画していると明かした。

 

2部 報告2 「オーストラリア研修報告と『私たちの宣言』」

前年、2025年の8月にオーストラリアでDart Centre Asia Pacific (2025年11月にCJTに改称)の研修を受けた「トラウマ取材を学ぶ日本のジャーナリストの会」から、塩入彩さん(朝日新聞社)と加藤美喜さん(中日新聞)が研修の概要を報告。帰国後の取り組みと、「私たちの宣言」を、佐藤直子さん(東京新聞)、川村碧さん(時事通信)、湊屋暁子さん(時事通信)が発表した。

この研修では、オンラインハラスメント、トラウマサバイバーへのインタビュー、モラルインジャリー、ピア(仲間同士の)サポートなど、多彩で実践的な内容を4日間学んだ。座学だけではなく、「よい取材・悪い取材」を2人一組でロールプレイして、取材される側の思いを疑似体験したり、自分にとって大切だった取材体験を発表するプレゼンテーションを全員が行い、安心できる環境で、ジャッジされることなく聴いてもらう大切さを実感したりしたことが、大きかったと塩入さんは話した。

加藤さんは、研修体験を新聞の大型コラムに書いた(中日新聞2025年12月21日付朝刊「トラウマ取材を考える・上 記者は『タフ』であるべきか」、同28日付「トラウマ取材を考える・下 傷つけない、傷つかない」)。もっとしんどい思いをしている当事者がいるのに、記者の傷つきについて語ることなど憚られてきたし、批判があるだろうと予想していたが、読者から「タフでないからこそ、弱い立場の人に気づき、共感、想像力をもって取材・発信できるのではないか」などの声が寄せられ、同業者からも「自分も語れなかった」「研修が急務」といった反応があったという。

また、加藤さんは、研修で教わった、’Put the power in the middle.’という考え方を説明した。トラウマはパワーを奪う性質があるから、トラウマ取材では、パワーつまり主導権や決定権を自分と取材相手の間に置いて、たとえばどこで取材するか、休憩するかどうか、相手に聴きながら進めることが大切だ、という考えだ。そして、ある事件遺族の話を紹介した。最初に取材に来た記者がまだ若くて「遺族取材は初めてだ」と言うので、泣いている場面は撮られたくないという自分の意向を伝えて一緒に考えることができて、「聴いてもらえてありがたかった」し、それが、以後の取材対応の基本姿勢になったという。

後半は、学んだことを日本でいかに共有して広めていくか、帰国後に職場でロールプレイをやってみての報告などがあった。そして、研修を受けた自分たちがこれから何をしていくのかを話し合い、皆でまとめた基本姿勢を、「私たちの宣言」として、佐藤さん、川村さん、湊屋さんが発表した。

「私たちの宣言」

私たちはよりよいジャーナリズムのために、トラウマ取材において、

1、取材相手と対等な立場で向き合うように努めます。

2、取材後もフォローに努めます。

3、セルフケアを大切にします。

4、仲間と助け合います。

5、理解者を増やします。

そしてそれぞれの項目について説明した。最後の「理解者を増やします」は、「トラウマ取材の大切さを同僚・上司に伝え続ける」「メディア以外の人にもつながりを広げる」「長期的には取材・報道のあり方を変えていきたい」。

第2部の終わりに、研究会座長の河原理子が、「トラウマレポーティング研究会を閉じるにあたって」と題して、本日話したような実践を通じて、ジャーナリズム文化をもっと人間にやさしいものに変えていきたい、と挨拶して、シンポジウムを終了した。