REPORTS

第15回 B‘AI Book Club 報告
Enid Mumford “The story of socio-technical design: reflections on its successes, failures and potential” (2006)

佐野 敦子 (B’AI Global Forum 特任研究員)

・日時: 2022年11月11日(金) 17:30-19:00 (JST)
・場所: Zoom Meeting (online)
・言語: 日本語
・論文:Enid Mumford (2006) “The story of socio-technical design: reflections on its successes, failures and potential” Info Systems J, 16, 317–342.
・評者: 佐野敦子

2022年11月11日、B’AI Global Forumのプロジェクトメンバーとその関係者が参加する書評会「B’AI Book Club」の第15回がオンラインで開催された。今回は、特任研究員の佐野敦子が、英国のビジネススクールで初の女性教授となったEnid Mumfordによる2006年の論文「The story of socio-technical design: reflections on its successes, failures and potential」を紹介した。今回取り上げた論文は彼女の死後まもなく公開されたもので、彼女のこれまでの研究が凝縮されたものともいえる。

本論文は、コンピュータ・システムの導入において、その理論を支持する人々、実践する組織、そして多くの異なる国々における影響に着目して、社会技術デザインの歴史をたどることを目的としている。彼女によれば、1980-1990年代と比較すると、1960年代と1970年代のほうが労働慣行の改善と労働者と経営者の合意がより進んでいた。産業が拡大し、多くの企業が労働問題に直面して、スタッフの確保に問題があり、企業は今いるスタッフを失うことを恐れたためである。一方、1980-1990年代は、産業界はコスト削減の圧力にさらされ、従業員のニーズをほとんど考慮せず、リーン生産(無駄を徹底的に省いた工場での生産の手法)、縮小、コスト削減が一層進んだ。彼女はこの過程を人間的に良い結果を生み出さない方法を選択したと言及する。そのうえで彼女は、一貫して組織・経済が変化するなかで、社会技術デザインのアプローチで 「humanize the potential impact of technology(技術のインパクトをより人間らしくする)」、別な未来のシナリオを提示できないか、と問いかけている。具体的には、現在のグローバル資本主義が継続し、将来さらに強力になっていくなかでの組織形態や労働の在り方について2006年の段階で萌芽がでてきたテックカルチャー・メディア「Wired」の提唱していた考えや、ビジョナリー・カンパニー(Built to last)などに触れて、今後の見通しを述べている。

佐野特任研究員による導入のあとは、この書籍についての感想、および参加者の研究関心に紐づけて議論を行った。まず、社会技術デザインの究極の目的は、企業経営に利することなのか、労働者の福祉を目的としたものなのかを企業におけるフリーアドレス制を例に挙げて検討した。ひとりひとつのデスクという空間の削減なのか、閉塞感から解放されることが目的なのか、縦割りを排除して交流を促進し、それによって新たなイノベーションをもたらすということなのか、見方によっては様々なメリット・デメリットが考えられる。こういったことは技術史の分野で家事を変えたのが冷蔵庫や洗濯機という単体でなく、仕事の流れ全体のようなひとつのシステムとしてとらえる考えに近いかもしれないという意見がだされた。そして、いまのAIは最適な環境をもたらしますという言説がなされるとき、誰にとって「最適」といえるのだろうか、というAIの導入においての類似点も指摘された。

続いて、参加者の研究関心と「社会技術デザイン」を結びつけて、主に教育と博物館における技術導入をめぐって議論を展開した。例えば、これまでの受け身の教育では、AIを使いこなす人材は育成できるが、AIを主体的に使いこなす教育をするためにはなにが課題か、教育や教員側のスタンスをいかに更新していくべきか、子供たちがこれからの社会で生きていくのに寄与する教育にするにはどうしたらよいのかという論点である。博物館については、デジタル上の展示やアーカイブもこれから増えるにあたってどう変化していくのか、特に、これまでのモノ主体であった博物館において、所蔵物の展示だけでなく、その重要な役割である保管・収集にいかにテクノロジーが入るのかなどが議論されたほか、資料のデジタルアーカイブ化が事業に追加された最新の博物館法の改正とともに最新の動向が共有された。加えて、地域史やジェンダー等の独自で分類や検索システムをつくった資料が、大きなサーチエンジンのもとでは表示されず埋もれてしまう等、周縁化されてきた資料の扱いやデジタルアーカイブ化の課題についても話題にあがった。

本論文発表後に更なる目覚ましい技術革新が進んでいるものの現在のAI技術の「最適な」導入に関する示唆や、個々人の研究と結びつけて議論する貴重な機会をもたらしてくれたことは確かである。