REPORTS

Aynne Kokas氏講演会
「Trafficking Data: How China is Winning the Battle for Digital Sovereignty」報告

佐野敦子(B’AIグローバル・フォーラム特任研究員)

・日時:2022年8月8日(月)16:00-17:30
・場所:ハイブリッド(Zoomミーティング&東京大学Beyond AI研究推進機構 本郷拠点)
・言語:英語(通訳なし)
・講演者:アン・コカス(米・バージニア大学准教授、2018年度安倍フェロー)
・モデレーター:板津木綿子(東京大学大学院情報学環教授)
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2022年8月8日(月)、B’AIグローバル・フォーラムでは、米・バージニア大学メディア・スタディーズ准教授及び、2018年度安倍フェローであるアン・コカス(Aynne Kokas)氏をお招きした。氏の研究は、メディアと技術の関係から問う米中関係の考察で、講演は最新の著書“Trafficking Data: How China is Winning the Battle for Digital Sovereignty” (Oxford University Press, October 2022)”をもとに行われた。

コカス氏は、シリコンバレーの搾取的なデータガバナンスの実践が、中国による世界支配のためのインフラ構築に役立っていると主張する。彼女は著書で、国民国家にとってグローバルな権力の蓄積を構造化するメカニズムとして、消費者のデータがいかに機能しているかを検証し、その現象を説明するためにデータ・トラフィッキング(Data Trafficking)という概念を提唱している。彼女はこの概念について、ユーザーの同意や認識が限定されたなかで、企業データを第三者が搾取するプロセスであると定義している。これは、アメリカと中国の間の国境を越えた「もつれ(enmeshment)」によって発生し、背景には企業の活動、国内法、消費者の搾取がある、としている。

対して、ユーザーの完全な同意のもとに、十分に規制された環境下でデータが転送されることは、データ・トラフィッキングとはみなされない。彼女によれば、日本の規制環境は、欧州との安定的なデータフローを実現する優れた例であるという。米国では、ハイテク分野の未曾有の急成長が政府の規制や監視を上回り、代わりに米国内に実体のない自主規制ルールが発生した。米国では制度的規制がないため、ユーザーデータの収集で運営するビジネスモデル「監視資本主義」が台頭し、不適切なデータ規制ですべての人が不幸になっている。

一方中国は、デジタルの国境を定義し、防備することによって、データとサイバー主権を主張する一連の措置を取っている。中国の「データ」の広範な定義は、国家安全保障に絡むデータの審査から民事・刑事罰、中国政府法の域外の周囲まで、すべての重要なデータに対して法的権限を与えている。したがって、中国の制度は、あらゆる法律と厳しい刑罰を通じて、国内外のあらゆる事業者が生成するデータを広範囲に管理・監視する正当な権限を与えているのである。

地政学的な観点から、現在の日本が米中間の「バランス」を取る必要があることは明らかである。だが、このような難しい状況を、私たちは安全保障を中心に議論し、人間の尊厳をおろそかにしてきたのではないだろうか。Trafficking(Human traffickingは日本語で人身売買・人身取引)という深刻な人権侵害を想起する言葉をKokas氏が引き合いに出したことは、SDGsのスローガンである「誰一人取り残さない」を実現するデジタル時代の世界のあり方の示唆になるだろう。