REPORTS

福岡県立筑紫丘高等学校の東京大学訪問
B’AIグローバル・フォーラム講義「人工知能と社会」報告

金 佳榮(B’AIグローバル・フォーラム 特任研究員)

・日時:2023年8月4日(金)10:30~12:00
・場所:東京大学浅野キャンパス 理学部3号館327
・言語:日本語

 

2023年8月4日、B’AIグローバル・フォーラムでは、東京大学への研修に参加した福岡県立筑紫丘高等学校2年生30人を迎え、「人工知能(AI)と社会」というテーマで講義を行った。B’AIディレクターの板津木綿子教授のレクチャーを中心に、特任助教の武内今日子、特任研究員の金佳榮、院生メンバーのプリヤ・ムが、それぞれの専門分野とAIを結びつけてさまざまな論点や社会的課題について話題を提供した。

最初に、金特任研究員から「AI時代のメディアと情報空間」と題した発表があった。金は、ジャーナリズムにおけるAI活用の事例を紹介するとともに、ネット空間を媒介するアルゴリズムの働きによってもたらされるさまざまな問題、例えば、エコーチェンバーやフィルターバブルといった言葉で説明されることの多い情報の偏りや、個々人の行動履歴が知らないうちに機械学習のデータとして利用される問題などを指摘した。続いて、ジェンダー・セクシュアリティ研究を専門とする武内特任助教による発表「AIの活用におけるジェンダーバイアス――トランスジェンダーの経験に着目して」が行われた。武内は、性別二元論に収まらない多様な性が社会に存在することを具体的な概念の解説を交えて説明した上、画像認識や音声アシスタントといったAI技術にはトランスジェンダーやノンバイナリーを排除することによって既存のジェンダー・バイアスを強化する側面があるとし、多様性の実現に向けたAIの社会実装のためには幅広い領域の研究者らによる検討が必要であると述べた。一方、院生メンバーのムからは、建築学の観点から「AIとデザイン」について話題が提供された。発表の中では、建築分野でAIがどのように使われているかの事例としてソフトバンクグループ本社のスマートビルやム自身が過去にかかわったプロジェクトが紹介されたほか、建築におけるAI活用において「人間が機械に適応するよりも機械が人間に適応する」ようにデザインすることの重要性が強調された。

そして板津教授による「人工知能と社会」の講義では、高校生たちがAIを自分事として捉え、その可能性と課題について多角的に考える機会を提供するための話題としてさまざまな事例が紹介された。例えば、客観中立に見えるAIという技術に実は人権侵害につながるような落とし穴があることを示す事例として、人種・ジェンダーによって精度が異なる顔認証システムや人種差別的な判断を下したことで問題になったアメリカの再犯予測アルゴリズムなどが取り上げられた。また、AIの設計や表象には社会に根強い偏見や固定観念が強く反映される側面があるとの話では、差別的なジェンダー表象で批判された高輪ゲートウェイ駅の「AIさくらさん」の事例が紹介され、どのような人たちがどのような価値観に基づいて開発にかかわるかがこの分野で非常に重要であることが示唆された。さらに、開発サイドのバランスの問題については、圧倒的に男性が多い点のほか、グローバルにみると現在AI人材やAI関連研究の実績がアメリカと中国に偏りすぎている点が課題として指摘された。

続く質疑応答の時間では、学生たちからAIと人間に関する興味深い質問が多く出された。果たして将来、AIは人間の労働を奪ってしまうのだろうか、いつかAIが人間を支配する日が来るのだろうか、AIと人間の理想的な共存の形はどういうものなのかなどの質問が寄せられたほか、AIのイメージが文化によって影響を受けることについても言及された。短い時間ではあったが、AIを巡って多岐にわたる話題を交わすことができた貴重な機会となった。この講義が将来のAI社会を担う高校生たちにとって、AIの社会的・倫理的課題について考える機会となったことを願う。