2023.Dec.13
REPORTS2023年度第4回BAIRAL研究会
「ポスト近代の軍隊における覇権的男性性の変容」報告
武内 今日子(B’AI特任助教)
・日時:2023年11月22日(水)17:00-18:30
・場所:Zoomミーティング
・使用言語:日本語
・ゲストスピーカー:児玉谷レミ(一橋大学大学院社会学研究科博士課程)
・モデレーター:大月希望(B’AI Global Forum リサーチ・アシスタント)
(イベントの詳細はこちら)
2023年11月22日、2023年度第4回のBAIRAL研究会を開催した。今回は、一橋大学大学院社会学研究科博士課程の院生であり、戦後日本社会の軍事と男性性の関係について社会学的な研究をおこなっている児玉谷レミ氏をお招きし、「ポスト近代の軍隊における覇権的男性性の変容」というテーマでお話いただいた。
R. W. コンネルが提起した「覇権的男性性」概念のもと、女性性/男性性にはヒエラルキーが存在するが、男性性には多様性があり、そのヒエラルキーも流動的であると言われている。だとすれば、男性が兵士として戦いに駆り立てられ、女性が守られる存在であるという近代国民国家において想定されていたジェンダー関係は、冷戦終結後の「ポスト近代の軍隊」においてどのように編成されているのだろうか。
児玉谷氏は英語圏の議論を整理しつつ、以下のように説明する。「ポスト近代の軍隊」においては、兵士と文民の区別があいまいになり、民間組織も軍隊に参加するようになる。また、人道支援などの非戦闘任務が増大していき、「保護する責任」のもとで他国への軍事介入が認められるようになった。対して志願制への移行により大衆は軍に対して無関心となり、軍において人材確保も視野に入れ、女性兵士や性的マイノリティなどの多様性の包摂がめざされている。
こうした変化のもと、軍においてかつての「女性的/男性的」なスキルとは異なるスキルが求められているという。たとえば、これまで「女性的」とされてきた、高度な異文化理解能力や共感能力が必要とされるようになった。加えて、政策立案にかかわるような「学者軍人」のプレゼンスが高まり、その「感受性の高い」男性性が評価されている。また、民間軍事安全保障会社(PMSC)のトランスナショナルな活動は、サービスを利用するビジネスエリートを男性化させ、ホモソーシャルな相互互恵的な関係を構築する一方で、途上国の人々を無力な存在として「女性化」して捉えるなど、「保護する男性」と「保護される女性」という二分法を複雑化させている。
加えて、テクノロジーの発達による男性性の変化も指摘された。「学者軍人」がテクノロジーによって高度化した戦争に対する能力を発揮する存在として評価される一方、ドローン・オペレーターが前線にいない未熟で「女性的な」存在として揶揄されることがあるという。
こうした男性性の変化がみられるものの、人種化/ジェンダー化のヒエラルキーは強固に生じていると児玉谷氏は述べる。たとえば、兵士たちが現地住民に暴力をふるい、時に性的関係を求める出来事も生じている。また、「タフで情け深い」男性性の体現者としてのアメリカの白人男性たちと、「野蛮で遅れた」男性性の体現者としてのテロリストやその「土壌である」アフガニスタンの男性たちといった二分法が再構築されている面もある。「保護する者/保護される者」というジェンダー関係は複雑化しており、「覇権的男性性」の変容は論争的であり続けているのだ。
全体議論においても、この「覇権的男性性」の重層性についてさらに検討された。民間軍事安全保障会社のない日本における自衛隊の男性性について議論されたほか、知性の重視といったポスト近代の軍隊の特徴とされるものがそれ以前にもみられることを考えると、「ポスト近代の軍隊」という概念それ自体がどれほど有効なのか、という問いも投げかけられた。ほかにも、家族のケアが軍隊において重視されるようになる傾向や、大衆を軍事に結び付けようとするポピュラーカルチャーの影響力など多岐にわたる議論がなされた。総じて児玉谷氏の報告とそれに続く議論は、軍における人種・ジェンダー関係の重層性を検討するうえで非常に示唆に富むものであった。