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2022年度第1回BAIRAL研究会「VRは人をどこまで共感させるか?―その限界と使い方―」報告

佐野敦子(B’AIグローバル・フォーラム特任研究員)

・日時:2022年4月27日(水)15:30-17:00
・場所:Zoomミーティング
・言語:日本語
・モデレーター:金佳榮(B’AIグローバル・フォーラム特任研究員)
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2022年4月27日(水)、B’AIグローバル・フォーラムの若手研究者が主催する研究会「BAIRAL」の2022年度第1回がオンラインで開催された。今回は、東京大学大学院学際情報学府の畑田裕二氏と工藤龍氏をお招きし、開発に携わっているバーチャルリアリティ(VR)を活用したダイバーシティ研修プログラムをご紹介いただいた。そして、その取組から得られた知見をもとに、VR技術の使い方や限界、VRによってもたらされる共感が人に与える影響について、参加者を交えたディスカッションを行った。

お二人はB’AIの研究分担者でもある江間有沙准教授(東京大学未来ビジョン研究センター)が関わるプロジェクトで、ダイバーシティ研修プログラムに使えるVRコンテンツを開発している。バーチャル・リアリティ(VR)を用いて他者の追体験を行うことで共感を促進し、アンコンシャス・バイアスへの気づきをもたらし、適切な職場コミュニケーションにつながるという考えのもと、上司と子育てをしている部下のそれぞれの状況を体験できるコンテンツである。研修プログラム自体は、VRコンテンツだけではなく、それによって得られた気づきを対話や議論につなげるワークショップもセットにした構築を目指している。

まず畑田氏からは、今回の開発の前提となるVRがもたらす共感について説明があった。本コンテンツは、アバターを使ってアンコンシャス・バイアスや偏見を改善する手立てはないかという問いかけから始まったこと、そして心理学の領域でいわれる相手の視点にたつ「perspective taking」で共感することを、VRをつかって想像ではなく実際に自分の身体のように感じる「embodiment」でできるのではないかという最近の研究が前提にあることが説明された。一方で、「共感」の概念やアンコンシャス・バイアスやVRがもたらす「偏見」をいかに測定するか、育児の大変さを強調して自分事化をしすぎて望ましい結果にならない懸念、コンテンツのデザインや演出など社会実装していくときに気を付けるべき課題など、その限界についても示された。

続いて、工藤氏からは実際のコンテンツについての紹介があった。上司の側の視点はオフィスシーンで、ワーキングペアレンツが帰宅後にクライアントから急ぎのメールが入り、部下へと依頼メールを送信する体験ができる。そのあとに続く家のシーンは部下の視点で、子どもと家で食事をしているときに上司からメールを受け取り、子どもの世話をしながらで仕事に集中できない状況の疑似体験ができる。そして、このVRコンテンツを子育てや働き方の一例の体験として用いて、対話や議論につなげるワークショップの構想や、今後の開発の展望について示された。なお、上司も部下も男性女性両方のアバターが用意されており、利用者が選択できるようになっている。

両者のプレゼンテーションの後、出席者を交え、両者がすでに言及した課題などを含めて様々な点についてディスカッションをおこなった。リアル感があがれば共感は得られるのか、無意識を変えるのは難しいと思うが意識的な行動を変えていくのを狙うということなのか、というコンテンツの意義や目的に関する質問のほかにも、自分の顔のアバターにすることで切迫感も変わるのでは、同じ場面を上司と部下の両方で体験できると議論が高まるのでは、ゲームのように登場人物の背景を共有したり、自身の名前をつけられるようにすると親近感がわくのではないか、心拍数があがるのを感じることで没入感や共感につながるのではないか、など今後の開発にあたってのアイデアや意見も数多く挙がった。一方で、そもそも共感をどう定義するか、想像のみとVRによる共感や没入感の違いをいかに指標として示すのか、同じ場面で複数の視点を往復しすぎると混乱が生じるのではないか、というコンテンツ開発や効果測定の難しさも示された。

議論では、アバターの技術の限界も率直に共有された。身体感覚の共有は技術的にできるが、当事者意識をいかにもたせるか、その人物の背景を提示したり、イベントに直面させるなど演出でカバーするしかなく課題であること、アバターの形状やそれをつかうことでステレオタイプの再生産や無意識にメッセージを発している部分もあるのでデザインには留意していることが挙げられた。そして、そのような限界があるために、VRで描き切れない部分をワークショップでカバーできるような教材の設計を目指しているとのことである。

また、コロナ禍で子育て体験講座ができなくなっているので、赤ちゃんの抱き心地をVRで体験できるのもよいかも、というアイデアも出された。そのように、すべてを技術に任せるのではなく、技術の限界も意識することが人とテクノロジーのより良いコラボレーションの秘訣ではないだろうか、特に共感やアンコンシャス・バイアスのように可視化や指標化が難しいものを扱う場合には大事ではないのだろうか、と考えさせられる機会であった。