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MeDiシンポジウム「ジェンダー・ギャップの解消に向けて―デジタル情報化社会におけるメディアの課題と未来」報告

加藤 大樹(東京大学大学院学際情報学府博士課程、B’AI リサーチアシスタント)

・日時:2020年12月12日(土)
・場所:YouTube生配信(YouTubeチャンネル:Medi、Choose Life Project)
(イベントの詳細はこちら

2020年12月12日(土)、MeDi(メディア表現とダイバーシティを抜本的に検討する会)がYouTubeを通じたオンライン・シンポジウム「ジェンダー・ギャップの解消に向けて―デジタル情報化社会におけるメディアの課題と未来」を開催した。MeDiはこれまで、自主研究グループとしてメディアにおける様々な表現の問題について検討・情報発信してきたが、2020年11月からは、B’AIグローバルフォーラムの中に位置づけられることになった。今回のシンポジウムは、その再出発にあたっての大型ローンチ・イベントとなる。新型コロナウイルス感染症拡大の状況を鑑み、Choose Life Project(CLP)にもご協力をいただきながら、YouTube生配信という形でイベントが開催された。

 

今回のシンポジウムは二部構成となっている。第一部「女性が増えれば何が変わる?〜大手メディアがジェンダー問題に取り組み始めた」では、ジャーナリストや大手メディアの記者などがパネリストとなり、近年のメディア業界における構造的な変化やその要因、またそれがもたらした影響について検討した。第二部「オンライン空間は女性にとって安全か?」では、ライターや弁護士、科学技術社会論の研究者などが集まり、インターネットの功罪や表現規制の難しさ、またAIなどの情報技術の活用について議論した。以下、各部の論点をいくつかピックアップし、議論の概要をまとめる。

 

第一部では、まず、近年大手メディアでジェンダー問題に取り組むための大型企画(NHKのBeyond Gender、朝日新聞のThink Genderなど)が次々とスタートしていることが紹介され、こうした取り組みの背後に存在すると考えられる、マスメディアの構造的な変化について多くの意見が交わされた。その構造的な変化とは、マスメディアで働く女性の数が増え、意思決定層にも徐々に女性が増えつつあるということである。たとえば登壇者の岡林佐和さんが勤める朝日新聞では、前述のThink Genderという企画によって各編集部に「ジェンダー担当デスク」という役職が設置されるようになるなど、マスメディアの構造変化を促進するような好循環が生じつつある。

 

このようにマスメディアの内部(の特に意思決定層)に女性が増えることは、単に従業員の構成が変化するというだけでなく、大きな2つの変化をもたらすと考えられる。第一に、マスメディアで報じられるニュースの内容が変化する。これまでの大手メディアでは、「何をニュースとして報じるか」を決めるポジションがほとんど男性で占められてきた。しかし、意思決定層にも女性が増える(多様性が増す)ことで、これまで重要性が認識されていなかった女性や子どもに関する問題も報じられるようになるだろう。第二に、マスメディアにおける労働環境が変化する。現在は業界全体で長時間労働が常態化しており、産休によってそうした働き方をできない女性記者には昇進の機会が閉ざされてきたが、職場に女性が増えることで、女性にとっても働きやすい、より多様な生き方に合わせて働き方を選択できるような環境が整備されていくだろう。ここで重要なのが、こうした変化は女性だけに恩恵をもたらすものではないということである。たとえば産休がある女性でも働きやすい職場を実現することは、男性記者もニーズに合わせて多様な働き方を選べるようになることを意味している。TBS人事労政局担当局長の藤田多恵さんは、男女双方に恩恵のあるものとして働き方改革を進めていくことが大切だと述べる。第一部の最後には、こうしたマスメディアの構造的な変化がよりバランスのとれた質の高いニュース報道につながり、最終的には社会全体の利益として還元されるため、マスメディアの問題は社会の問題として今後も議論を続ける必要があるということが確認された。

 

第二部では、オンラインにおける表現の問題とその対策が主なテーマとなる。はじめにいくつかの調査の結果から、若年女性の中でオンライン・ハラスメントの被害経験が多いということ、そしてその内容としては容姿に対する揶揄が多いことなどが確認された。現在ライターとして活動しているヒオカさんも、これまで度々オンライン・ハラスメントの被害に遭い、それによってSNS上で声を上げづらくなったと語る。こうしたことから、現在のSNSでは特定の人々に攻撃が集中し、攻撃されやすい人は声を上げづらくなり、彼(女)らの意見が不可視化されるといった構造が存在すると考えられる。特に現在は、法律で取り締まれる表現の幅がかなり狭く、十分相手を傷つけるが法的には問題とならない「グレーゾーン」の範囲が大きいため、オンライン・ハラスメントに対処するのが難しい状況にある。

 

この問題に対処するために、一つの方向性として現行法を見直すという議論がありうる。しかし法律で表現の内容を規制するというのは数多くの論点を含んだかなり難しい問題であり、法律を変えればすぐ解決するという問題でもない。こうした点を踏まえ、山口元一弁護士は、これからはコンテンツが拡散する「場」を提供しているプロバイダや事業者、プラットフォーマ―の責任や良識がより問われるべきであると語る。ヒオカさんが強調するように、SNSには多くの問題がある一方で大きな可能性も秘めているため、SNSの利点を最大限引き出せるよう、プラットフォーマ―も含めてより良い情報環境を構築するための枠組み作りを社会全体で進めていく必要がある。

 

また最近は、オンライン・ハラスメントに対処するためにAIなどの情報技術を活用することも検討され始めている。たとえば海外の大学では、コメントが投稿された文脈も踏まえて女性嫌悪発言を析出できるようなシステムの開発が進んでおり、これは既述のグレーゾーン問題を解決する可能性を秘めた取り組みだといえる。しかし一方で、こうした機械的な介入に対しては「不透明だ」「AIを使うことで逆に状況が悪化しうる」といった反発や不安の声も大きい。東京大学特任講師で科学技術社会論を専門とする江間有沙さんは、こうした問題を議論する際にはAIが単なる道具であるということを理解し、AIそれ自体よりもそれを扱う人間に焦点を当てて議論を進めることが大事だと述べる。特にその際、AIの設計者がどのような設計思想にもとづき、どういったアルゴリズムやデータを利用しているのかについて、バランスのとれた多様なメンバーで議論することが重要だと指摘する。たとえば、AIに現在の「ありのまま」のデータを学習させることで、現存する差別構造の再生産につながるといった問題は度々指摘されているが、上述のような枠組みを採用することでそうした問題を回避することも可能である。AIという新しい技術を過度に持ち上げたり過剰に恐れたりすることなく、常に「どのような社会にしたいのか」というビジョンに立ち戻って冷静に議論していく必要があるだろう。

 

今回のシンポジウムでは、マスメディアにおけるジェンダーの問題やSNSにおける表現の問題について活発な議論がおこなわれた。そこで繰り返し確認されたのは、問題を生じさせている構造や枠組みを問うことの重要性である。現在は、メディア環境の変化に伴って既存メディア・新興メディアの仕組みや構造を根本から問い直す動きが次々と出ているが、それを単発で終わらせることなく、より良い言論空間のための枠組み作りを社会全体で進めていくことが求められる。