REPORTS

Cait McMahon氏 講演会
「トラウマ報道:ジャーナリストのための心のレッスン」報告

河原理子(東京大学大学院情報学環 特任教授)

・日時:2024年2月13日(火)14:00-16:15
・場所:Zoomウェビナー & 対面(東京大学大学院情報学環 福武ホール)
・使用言語:英語、日本語(逐次通訳)
・講演者:Dr. Cait McMahon(心理学者)
・司会:河原 理子(東京大学大学院情報学環 特任教授)
・閉会挨拶 : 板津 木綿子 (東京大学大学院情報学環 教授、B’AIディレクター)

(イベントの詳細はこちら

 

Trauma Reporting 研究会は、2024年2月13日、オーストラリアの心理学者で、トラウマとジャーナリズムのかかわりについての第一人者であるDr. Cait McMahon OAMを東京大学に迎えて、公開講演会「トラウマ報道 ジャーナリストのための心のレッスン」を開き、ウェビナーで配信した(期間限定で後日視聴あり)。

 

◾️メタ認知――自分を観察する

司会者・河原が「ジャーナリストが自分の心の痛みに向き合って、その仕組みや対応を知ることは、人の痛みを深く理解する助けとなり、より的確で持続性のある報道につながるはずだ」と企画の意図を説明。

McMahonさんが、「メタ認知」、つまり、自分が認識していることを客観的に把握することを、今日はぜひ学んでほしい、と前置きして講演に入った。参加者もトラウマ体験をしている場合、トラウマについて話すだけでもそれが引き金となって感情が揺れることがあるからだ。しかし、「そのような経験があったり、混乱したりすることは恥ずかしいことではない」のであり、もしそうなったら自分を外から観察してきちんと認識することが大切で、その手法を学べば、心に傷を負った人にインタビューする際にも助けになるとMcMahonさんは話した。これは本講演の基調となる考え方だ。

また、「これから話すことは、ジャーナリストだけでなく幅広い情報プロフェッショナルに役立つ」とも言った。情報専門家とは、McMahonさんの定義によれば、「倫理観を持ち、中立の立場で、正確に情報を収集して精査する、そして権力に責任を問い、社会に情報を提供するプロフェッショナル」のことで、人権活動家やファクトチェックする人、司書や歴史家、学者も含まれる。

こうした前提の上で、講演の前半、トラウマが及ぼす影響について話し、後半で、対処法を示した。

話はとても具体的で、参加者から続編を望む感想も寄せられた。

講演概要は以下の通り。

 

1.影響を知る

まず、トラウマや過度のストレスが私たちにどんな影響を及ぼすのか知るところから始めよう。

PTSD(心的外傷後ストレス障害)は、その影響の一つでしかないが、死、死の危険、性暴力に直面した場合など、生命が脅かされるような状況にさらされた場合に、なる。東日本大震災や韓国のセウォル号沈没事故など、大災害、大惨事を取材した人たちは、一般的な報道をした人たちよりPTSDになる割合が高い。現場に行った場合だけでなく、仕事でオンライン上の生々しい映像をみる場合も、対象になる。たとえば児童虐待の映像を確認したり、人権活動家が戦争犯罪をオンライン上で調べたりする場合も同様だ。

また、PTSD以外の形態もある。オンラインハラスメントで、女性や性的マイノリティーは、男性が経験しないような性的な攻撃や罵詈雑言を浴びることがあり、大きな影響を受けている。

ただ、「トラウマ」は臨床的な定義以上のものでもあり、政治的、構造的、あるいはコミュニティーにとっての意味を持つこともある。

極度のストレスが脳に与える影響を示して、トラウマが与える影響についてのスティグマを取り除きたい。ジャーナリストは、自分がトラウマのダメージを受けたとき、まるでそれが精神的な弱さの証であるかのように嘆く。しかし、すべての動物はトラウマに反応する。何らかの生理学的な形で。

たとえば脳の海馬は記憶をつかさどっているので、極度のストレスを受けると、記憶の読み出しに影響して、時系列に沿った語りができなくなる。これを知っていれば、トラウマを経験した人をインタビューするときに、時系列で語ることができなくて話が混乱しても、嘘をついているわけではなく、トラウマの影響なのだと理解できる。

オーストラリアのジャーナリストE. B. はこう話している。
「トラウマを認識すること、trauma awareであることには、二つの意味がある。これはジャーナリストとしての私たちのメンタルヘルスに関することであると同時に、重要で高度なジャーナリズムのスキルを学ぶことであり、それは私たちをよりよい取材者にする。これらのスキルは、インタビューの技法を変えていき、人生最悪のときにいる人々のストーリーを紡ぐ方法を深いものにしていく」

ジャーナリストが、トラウマが自分に及ぼすかもしれない影響を認識してセルフケアすることは重要だし、トラウマに対応したスキルを身につけることは、取材相手との関わり方も深めていく、ということだ。

ジャーナリスト自身が知識を持つだけでなく、マネジャーや組織が、トラウマが引き起こしうる影響をきちんと認識して、注意義務を果たすことが重要だ。

 

◾️さまざまなストレス

トラウマ以外にも、さまざまなストレスがある。たとえば、日々のストレス。

日々やらなければならないことが非常に多くなって対応能力を超える状況も、慢性的なひどいストレスになる。「眠れない」「家族との関係が悪くなった」などがあったら、自分に起きていることを見極めて、対処を始めることが必要になる。

バーンアウト、つまり燃え尽きも、ジャーナリストが高い割合で経験している。WHOの疾病分類ICD-11によれば、燃え尽き症候群は、医学的な状況ではなく、むしろ職場固有のものだ。エネルギーが枯れ果てた感覚など、三つの側面がある。

また、私たちは最近、モラル上の苦痛moral distressやモラルの損傷moral injuryについて研究している。自分のモラルからかけ離れたことを、人から命じられて実行したり、自らしてしまったときに、罪悪感や羞恥心から苦痛が生じる。この苦痛自体は、善悪の見極めができるようになるので悪いことではないのだが、これがしつこく持続的に起こると、モラルが損傷して能力を発揮できなくなる。moral injuryは、兵士の研究から生まれた言葉だ。

 

◾️心的外傷後の成長

最後に、PTG(post-traumatic growth)、心的外傷後の成長について話したい。

時々誤解されるが、「ひどい経験をしてよかった」という話ではない。

PTGは、とても大きな精神的苦痛を経験したときに起こる。とても大きなトラウマを経験したあとで、それと並行して新しい経験が起こるのだ。それは前向きな経験であり、①内なる強さが生まれたり②他の人との関係がより強化されたり③実存的な信念が変化したり④人生についてより深く理解できるようになったり⑤新たな可能性を感じるようになったりする。

私はこの現象について、数年前にジャーナリストを対象に研究をした。その結果、トラウマを認識して、今日のようなトラウマに関する教育訓練を受けているジャーナリストは、そういう経験をしていないジャーナリストよりも、心的外傷後の成長が大きいことがわかった。教育をきちんと受けることが重要なのだ。PTGを経験したジャーナリストは、自分が報じたトラウマイベントをより深く理解していたし、さまざまな対処方法を実際に使っていた。ジャーナリストとしての役割や、自分の人生にとっての仕事の意味を考え直して、実存的な再評価をしていた。

 

2.レジリエンス

ここからは、どうしたら地に足をつけて対処できるか、話していきたい。

ジャーナリストが回復力の高い人たちであることは、知られている。

レジリエンスは、生まれつき持っているものだという人もいるが、困難や逆境に対して前向きに適応していく「プロセス」だと、私はとらえている。これは決して平坦な道ではないが、レジリアントな考え方や行動を私たちは学ぶことができる。たとえば、①将来を楽観視して希望を持つ、②対処能力に自信を持つ、③脅威をチャレンジととらえる。

皆さんが実際に使えそうな対処方法を紹介したい。

 

◾️11の対処方法

①トラウマイメージ–「防護服」を身につける

トラウマになりそうな光景をオンラインで見たり目のあたりにしたりする場合は、前もって、たとえばクリックする前に「生々しい映像があるかもしれない」と予測して、どうするか、対処を考えておく。
そこで私が「防護服」と呼んでいるものを身にまとう。そして、トラウマイメージを必要最小限しか見ないようにする。たとえば、画面の彩度を下げたり、ウィンドウのサイズを小さくしたりして。そして休憩を決まった時間にとる。たとえば20分画面を見たら、5分歩いてトイレに行く、他のことをする。
可能なら、仕事で使うデバイスと家で使うデバイスを分ける。

 

②深呼吸する

3つ数えながら息を吸い、5つ数える間は息を止めて、8つ数えてゆっくり吐く。

 

③認知のリフレーミング–考え方を変える

起きることは変えられなくても、どう考えるかは変えられる。起きたことについて自分でどんどんネガティブに考えるようになったら、考えることをやめる。
現実的な楽観主義も重要。厳しい状況下では、現実的に何ができるか、できないかを考える。

 

④静穏と安全を可視化する

感情が混乱した時は、これまでに行ったことがある静かで穏やかで安全な場所の光景を思い起こして、自分の心のなかに安全な場所をつくる。

 

⑤ワークライフバランス–ライフを多めにする

カラオケでもハイキングでも、自分が楽しめる時間をつくる。それどころではない場合は、それ自体が、楽しむ時間をとらなければならない状況にあることを示している。

 

⑥使命感と目的意識–自分のミッションを書き出す

特にモラルの損傷に対して、重要。「なぜ私はジャーナリストになりたいのか」「なぜこの仕事をしているのか」問い返して、自分のミッションを書いておく。そして厳しい状況のときに読み返して、なぜこの仕事が大切なのか、もう一度考えてみる。

 

⑦グラウンディング–落ち着きを取り戻す方法を知る

頭がぼーっとしたり気持ちが体から離れてしまったときは、立ち上がって歩いたり、大地を感じたり、冷たい水を飲んだり、近くにある緑色のものを数えたりすると、現実に戻ることができる。これは自分に役立つだけでなく、インタビュー相手の意識がトラウマ当時に戻ってしまい「今ここ」にいなくなってしまったときにも助けになる。

 

⑧ソーシャルサポート–仲間をつくる、メンターを持つ

トラウマを経験したあとはソーシャルサポートが重要だ。たった1人でもよいので、相談できる人、つらい気持ちを解放できる相手をつくる。仕事でつまづいたら誰に話せるか、良いことがあったら一緒に祝いたい人は誰か、考えてみる。また、倫理的なジレンマを抱えたときに頼れるメンター、つまり年上で尊敬できる人を確保しておく。
研究結果によれば、サポートを受けたときだけでなく、自分が誰かにソーシャルサポートを提供したときも、レジリエンスは強化される。だから、自分は誰をサポートできるかも考えてみる。

 

⑨時間管理–24時間OKではなく境界線を引く

ノーと言えるようにならなくてはいけない。たとえば、情報源の人が夜中の3時に電話してきても応答するのか。境界をつくっておくことが重要。

 

⑩侵襲的な考えと悪夢をマネージする

どうしても頭のなかに侵入してくる考えや感情がある場合、それは「今起きていることではない」「ただのちょっとした考えにすぎない」とラベルを貼って、あれこれ考えないようにする。3・5・8の呼吸法をやってみて、呼吸に意識を向ける。体を動かす、音楽を聞く。「今ここ」に意識を戻す。
繰り返し悪夢を見るときは、そのストーリーの別の結末を考えて書き出して、昼間に何度も読んでみる。

 

⑪オンラインハラスメント対策

脅威を感じたら、真剣に受け止めて、所属組織や警察や誰かにきちんと話す。
女性や、性的マイノリティーなどの場合は、オンライン上で追跡されないようにVPNを使い、位置情報をオフにしたほうが、無難。ソーシャルメディアのアカウントは、仕事用と私用を別にする。
他にもオンラインハラスメントを受けているジャーナリストがいれば、互いに相談できるようにネットワークをつくる。

 

これらの対処法のなかで、興味をひくものがあれば、使ってみてほしい。仲間に「私はこのストラテジーを使うつもりだ」と話して、進捗状況を報告する。もしうまくいかなかったら、それはやめて、別のものを試す。宿題として、まずやってみてほしい。